58 / 494

第58話

「えっと、だから……その……」  頭の中がぐるぐるして、どう話したら良いか分からずシドロモドロになっていると、正和さんが大きな溜め息をついた。 「っ……正和さんといると……胸が、ドキドキして……す、すきかもしれないって思って……」 「へえ。可愛いこと言ってくれるじゃない」  彼の表情が幾分か柔らかくなり、俺を見る目が少しだけ優しくなる。 「でも、本当の好きなのか、わかんなくて……それで……一度ここを離れて、考えたく、て」 「それが理由?」  冷たい目ではなく普通の怒ってる顔に戻って安心する。低い声音と厳しい顔で怖いけれど、相手の事を想っている時の優しい眼差しだ。 「そう、です……ごめ、なさい……っ」  いつもの彼に戻って安心したせいか再び涙が零れだして、嗚咽を漏らしながら泣きじゃくる。 「ひ、ッく……っ、お仕置き、してください……も、二度としな、から……許してください」 「……分かったよ。分かったから落ち着いて。ほら、泣きやんで。皆に声聞こえちゃうよ?」  背中をさすって優しい口調で宥めてくるから、唇を噛んで声を抑える。泣き止もうと、ひっく、ひっく、としゃくり上げながら、目元を擦れば、次第に気持ちも落ち着いてきた。 「……でもね、純が俺のこと好きでも嫌いでも離す気はないから、考えなくていいよ」 「っ……」 「もちろん好きでいてくれたら凄く嬉しいけどね。純は俺のお嫁さんなんだから離れるのは許さない」  俺の体を抱き締めて耳元でそっと囁く。 「余計なこと考ないで」  正和さんは抱き締めて後ろに回した手で、器用に腕の縄を解いた。 「帰ったらお仕置き。ちゃんと罰を受けられたら許してあげる」  そう言って楽しそうにニヤリと笑う。これはこれで背筋がゾクッとして怖いけれど、冷たい態度をとられるよりは全然良い。 「このドア、内側から開ける時も鍵が必要なんだよ。ほら」  家に入って、正和さんが扉を閉めると、扉の取っ手部分を開ける。そこには暗証番号を入れるのか、数字を入力する機械がついていた。 「純が飛び出して行かないようにわざわざ付けてもらったんだ」 (……ああ、何でこんな人好きになっちゃったんだろう、ほんと) 「それから何回もガチャガチャやると俺の携帯に連絡がくるんだよ。不審者用らしいけど、こんな所で役に立つなんてね」  彼はそう言ってクスクス笑うと、俺の足の裏についた土をタオルで拭いてくれる。 「ご飯はちゃんと食べたの?」 「サンドイッチ食べた」 「お昼は?」 「まだ……」 「食べないで逃げようとしたの?」  正和さんは可笑しそうに笑って、俺の頭を撫でる。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!