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第59話

「じゃあ、着替えてくるから待ってて」  正和さんはそう言い残して、ネクタイを緩めながら自分の部屋へ行った。  先程のやり取りを思い出して赤面する。あの時は焦っていたから勢いで言ってしまったが、半ば自分の気持ちを伝えてしまったのだ。恥ずかしい。 『純は俺のお嫁さんなんだから離れるのは許さない』 「正和さんの、お嫁さん……」  再び顔が赤く染まった。  いや、正直自分でもこんな言葉にときめくなんて、どうかしていると思う。男なのに嫁とか、俺の意思を無視した束縛とか、こんなことに喜ぶなんて本当どうかしてる。  だけど何故だか凄く嬉しかった。 「俺の可愛いお嫁さん」  背後から抱きつかれて、耳元で話しかけられる。 「っ!……い、いつから」 (聞かれた!?) 「ふふ、可愛い」  恥ずかしくて顔がこれ以上ないくらい真っ赤になり、全身が赤みを帯びて汗ばんだ。 「ご飯温めてくるね」  彼は項にチュッとキスを落とすと、ドキドキしておかしくなりそうな俺を置いて、キッチンへ行ってしまう。  少しして照り焼きチキンとサラダ、白米、オレンジジュースが運ばれてきて、正和さんも俺の前に座り、一緒に食事をした。 「仕事は……?」  柔らかくて美味しいチキンを食べながら訊ねる。夕方まで仕事だと言っていたのに、今はまだ十三時。正和さんが帰ってきたのは三十分くらい前だ。 「んー、途中で切り上げて来た。純のせいだよ」 「……ごめんなさい」 「言い付け守らなかった分と、俺の仕事を邪魔した分のお仕置き……楽しみだね」  ニヤニヤ笑いながら、こちらに流し目を送ってくるものだから、俺は軽く身震いして正和さんから目をそらした。  食事を終えて片付けると、無駄にニコニコしている彼に手をとられる。 「俺の部屋行こうか」 「ま、待って……その前にトイレに」 「純」  低い声音で名を呼ばれ、体がビクッと震える。 「行こうね」  強めの口調でそう言って、貼り付けたような笑みを浮かべながら、俺の手をひいて歩き出した。有無を言わせぬ雰囲気に渋々ついて行くと、正和さんの部屋のベッドの上に座らせられる。  彼はクローゼットをゴソゴソと探り、何かをテーブルの上に置いて、こちらに戻ってきた。 「俺、ほんとにトイレに行きた――」 「知ってるよ」  俺の言葉にかぶせるように言って、ニコリと笑うとミネラルウォーターの入ったペットボトルを持ってくる。 「オレンジジュースに利尿剤いれといたからね」 「なん、で……?」 「お仕置きに決まってるでしょ?」  利尿剤とお仕置きにどんな関係性があるのかわからない。いったいこの人は何をする気なんだろう。

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