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第68話
「正和さん……ごめん、なさい。そんなに嫌とかじゃなくて、本当に体クタクタで……」
言い訳をしてみるが全く反応がない。
背中に触ったら……抱きついてみたら、もっと怒られるだろうか?
(……わかんない)
何故そんなに怒っているのか、どうしたら機嫌が戻るのか分からなくて泣きたくなった。胸がズキズキする。
「正和、さん……」
緊張して震える声で名を呼ぶが返事はない。
ゆっくり起き上がり、正和さんの背中を見つめる。ベッドを抜け出しても、静かに胸が上下しているだけで全く反応がなかった。
涙がポロポロ零れてきて、嗚咽を抑えきれそうになかったので部屋を出る。
「意味わかんない……っ」
自分の部屋のベッドに転がり、掛布団を頭から被って、嗚咽を漏らしながらしばらく泣いた。
目が覚めるとデジタル時計は十五時を表示していて、泣きながら二時間も寝てしまったんだと悟る。泣きすぎたせいか少し頭が痛い。
キッチンに行って、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し、ゴク、ゴクと喉を潤す。
(まだ、怒ってるかな……?)
ちゃんと謝ろうと思って、正和さんの部屋の前まで行き、少し躊躇ったあと扉をノックした。
反応がないのでまだ怒っているのだろう。意を決して、そっと扉を開けて中を覗く。だが、そこに彼の姿はなかった。
「え……?」
どこに行ったのだろう。胸がバクバクして、手には汗が滲む。部屋を見渡せば、ソファには先ほど正和さんが着ていた部屋着があって顔を顰める。着替えたのだろうか。……何故?
もしかして出かけたのだろうか。不安になって玄関まで行くと、いつもは正和さんと俺の靴が一足ずつ出してあるのに、そこに彼の靴はなかった。
どこに行ったのだろう。いつ出て行ってしまったのだろう。声もかけず、置き手紙もせずに出て行った正和さんに悲しくなって再び涙が零れ出す。
「……なんなんだよ」
リビングに戻って椅子に座り、何も考えずにしばらく泣いていると着信音が響く。慌ててスマホを確認すると、正和さんではなく、拓人からのメールだった。
『おーい。古典と現文どうすんのよ~』
泣いていたのに拓人からのメールを見ると、思わず笑みが零れる。
『ごめん! 色々あって……後で写メ送るから写して』
問題集を取りに部屋に戻ろうとすると、すぐさま返信がくる。
『なーんて。笠原に教えてもらったから大丈夫! 色々ってなんかあったの?』
『親の借金とか色々……でも話し合って知り合いが助けてくれたから平気』
『あー、前言ってたもんな。明日一緒に学校行こうぜ』
(明日……)
学校は正和が送り迎えすると言っていた。
どうしようか迷って、地図アプリを起動する。GPSで現在地を表示させると、拓人の住む学校の寮からはそう遠くなかった。実家から寮に行くのと変わらないくらいの距離だ。
『うん。でも今、その知り合いの人の家だから、ひよこの交差点待ち合わせで!』
『わかった』
ひよこの交差点とは学校に行く途中にある交差点で、ひよこのオブジェみたいなのがあるからそう呼んでいる。
(正和さんに言わないで決めちゃったけど……良いよね。だって勝手にいなくなるし……)
拓人からのメールで気持ちが少しだけ楽になった。
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