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第69話

 だが、正和さんは本当にどこに行ってしまったのだろう。それに、いつ戻ってくるのだろうか。 「……よし」  夕飯作って帰りを待とう。帰ってきたら謝って一緒にご飯を食べれば仲直りできるはずだ。  何を作ろうかなー、なんて考えながら冷蔵庫を開ける。  お手伝いさんが常に掃除や買い出しをしてくれているので、食材は一通りあった。と、言っても俺はその人を一度も見かけた事はないのだけど。  スマホでレシピを調べながら二時間かけて肉じゃがと鯖の味噌煮とサラダを作った。何度もレシピを見ながら作っていた為、手早く作ることは出来なかったが中々の出来だ。  ご飯も炊けているし、お風呂にも湯を張った。ベッドも整えてきたし、自分もシャワーを浴びたからあとは帰りを待つだけ。  スマホの電話帳から正和さんを選び、発信しようか迷って十分。  間もなく七時になる。  何の連絡もなく帰りも遅いと、今日はもう帰って来ないんじゃないかと不安になった。心臓がドキドキする。どこで何をしているんだろう。 (仕事に行ったのか……?)  そうだとすれば、電話したら怒られるだろうか。そもそも電話に出てくれるんだろうか。電話で何と言えば良いんだろう。真っ先に謝ればいいのか。わからない……。  不安でドキドキして震える手で発信ボタンを押す。  プルルルル……プルルルル……プルルルル……。長く続く呼び出し音に、目には涙が滲み視界がぼやけた。唾液をゴクリと飲み込んで、緊張で張り付いた喉の調子を整える。  呼び出し音が八回鳴って、諦めて切ろうと思った頃、相手が電話に出た。 『……何?』 「っ……」  不機嫌な強めの口調に、涙がポロポロ零れ落ちて言葉が詰まる。何か言わなきゃいけないのに泣いてしまって言葉が出ない。 「ぅ、ひっく……ぅう」 『……』 「ごめん、なさい……ごめんなさい。帰って、きて……ひっく」  電話の向こうで大きく溜め息をつく声が聞こえて、怖くて体が震える。 『今忙しいから』  彼に短く告げられて、そのまま電話を切られた。 (なんで……そんなに怒らせるくらい俺は酷いことしたか?)  自分の行動を振り返って見ても何をそんなに怒っているのか全くわからない。椅子に座る気力もなくて、リビングの冷たい床に座る。  悲しい気持ちと、理不尽な彼の怒りに腹立たしい気持ちもあって、膝を抱えてそこに顔を(うず)めながら小さく丸まった。

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