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第70話
しばらくそうして泣いていると頭を撫でられた。
「純」
顔を上げると、目の前にはスーツを着た正和さんの姿があって、ぽかんと口を開ける。
「あ、え……何で」
「純が帰って来てって言ったんでしょ」
少しムッとして言う正和さんに、焦って言葉を紡ぐ。
「や、違っ……その、お、おかえりなさい」
「……それで?」
「ごめん、なさい……おれ……俺、考えてみたけど何でそんなに怒ってるのかわかんなくて、どうしたら良いかもわかんなくて……ごめんなさい」
思っていたことをそのまま告げて頭を下げれば、彼はクスッと笑った。
「合格」
「へ……?」
(合格? 何が??)
「可愛い」
そんな事を呟いて抱きしめてくる正和さん。意味がわからないし、状況が読めない。
(え、なに)
「……どういう事?」
「純が素直じゃないから、ちょっと意地悪なテストしてみようと思って」
(は? え?)
「美味しそうな匂いがするー。ご飯作ってくれたの?」
「あ、うん、お風呂も入ってる……」
「はぁー、本当に可愛い」
抱き締めながら頭をわしゃわしゃ撫でてくる正和さんは、とてもご機嫌だ。
(ちょっと待って。じゃあ正和さんは――)
「怒ってなかったの?」
「もちろん怒ってるよ。俺の手を叩き払って、このまま済むと思ってるの?」
(……そんなことを現在進行形で怒ってらっしゃるの?)
「可愛かったなー。泣きながら電話くれちゃって
『帰ってきて……』なんて。一生懸命ご飯作って俺の事考えて泣いちゃう姿、可愛かっただろうなぁ」
「……変態」
「ふふ、笑ってる顔も良いけど、俺に意地悪されて泣いてる顔が一番可愛いよ」
彼はそう言って俺の額にキスを落とした。
「っ……ほんとに心配したのに」
「心配してなかったら今から与える罰が、ただのお仕置きで済むわけないでしょ」
クスクス笑ってそう言う正和さんの胸をそっと押して体を離す。
(もうやだ……ほんと何なのこの人)
「お風呂入ってきたら?」
「純は?」
「シャワー浴びた」
「期待して待っててくれたの? 可愛い」
否定するのも面倒になって、無言でいると正和さんは俺の唇にキスを落としてお風呂に行った。
「はぁ……」
(心配して損した……)
彼がお風呂から上がる頃に合わせて、肉じゃがと鯖の味噌煮を温める。テーブルに料理を並べると彼はリビングに戻ってきて席についた。
「美味しそう。作ってくれてありがとね」
「うん」
「幸せだなあ」
ニコニコ微笑んで俺の作ったご飯を食べる正和さんは本当に幸せそうだ。
「あ、明日友達と学校行くことになったから」
お昼のやりとりを思い出して口にすると、彼の眉間に皺が寄る。
「友達? ……送り迎えするって言ったよね。何勝手な事してんの?」
(……なんか、ムカつく)
勝手も何も、自分が勝手に出て行って、いつ帰ってくるのかも、どこ行ったかもわからないで心配させたくせに。
それに秋休みだって拓人に会わず我慢してたのに、何故俺ばっか一方的に責められなきゃならないんだ。
「勝手って、それはお前が帰ってこないから」
「お前?」
「あ、違っ……まさ――」
「純」
名前を呼ぼうとしたら、低い声音に遮られた。正和さんは箸を置いて目をスーッと細める。
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