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第72話

「飲んで」 「や、やだ……なんだよそれ」 「気持ち良くて素直になれる薬」 「やだ」 (怖い……)  朝食を済ませて制服に着替えようと部屋に行ったら、正和さんもついてきて、コップに入った薄桃色の液体を飲ませようとしてきた。  俺は後退りして、後ろにあるテーブルに手を付く。横に逃げようとするが、ちょうど椅子と椅子の間で、椅子の背もたれが邪魔して逃げ場を失う。  後ろにはテーブル、両サイドには椅子、前には正和さんがいる。テーブルの下をくぐれば逃げられるだろうか、そんな事を考えたが腕を掴まれてしまった。 「純……反省しないなら俺は注射でもいいんだよ? 飲み薬より効き目強いから耐えられるかな」  そう言ってポケットから液体の入った注射器を取り出す。 「や……っ」  怖くて身を引くが、当然これ以上後退りする事はできない。 「ごめんなさい、やだ……許して」 「純は注射が苦手でしょ? 太めの針で痛みの感じやすい所に打ってあげるよ」  なぜ俺が注射苦手な事を知ってるのかとかそんなのどうでも良い。目の前で楽しそうにニヤニヤしている正和さんが怖くてたまらない。 「ごめんなさい、飲むからっ、飲むから許して……っ」 「えー別に飲まなくて良いよ? 注射の方が楽しそうだし」 (もうやだ。ほんとにやだこの人 )  コップを貰おうとしてもヒョイッとかわされてしまって飲ませてはくれなかった。そして、飲まなくて良いと言う割に、直ぐには注射を打ってこない。  これが何を意味するのか。半月も一緒にいれば察しがついてしまう。  ニヤニヤしながら俺が行動を起こすのを待っている正和さんに俺は泣きそうだ。 「~~っ、飲みたい、です……お薬、ください」 「どうしようかな~」 「っ……お願い、します」  唇を噛み締めて俯くと、頭上からクスクス笑う声が聞こえた。 「そんなに飲みたいなら、どうぞ。一滴も残さず飲んでね」  顔をあげると満面の笑みでコップを差し出してくる。震えそうになる手でそれを受け取り、恐る恐る飲み干した。  子供の風邪薬とかにありそうな少し苦味のあるイチゴ味で、後味はあまりよくない。  空になったコップを返すと正和さんは部屋を出ていった。そうこうしている内に、家を出る時間が迫っている。制服に着替える為に部屋着を脱いで、ハンガーからシャツをとると、再び正和さんが戻ってきた。紙袋を手に戻ってくるなんて、嫌な予感しかしない。 「じゅーん」  語尾に音符かハートのマークが付きそうな呼び方に背筋がゾゾゾッとして、腕には鳥肌が立つ。俺の側まで来てニッコリ笑うと、紙袋を床に置いた。 「俺の言う通りにしてね」  口調も声音も優しいのに、彼の言い方は何故か逆らえなくなってしまう。  肩を掴まれて床に座らせられる。……と思ったら、そのまま四つん這いにさせられて、腰を高く上げさせられた。

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