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第105話
(正和さん……)
トキメいたわけでも、許したわけでもないけど、少しだけ気持ちが落ち着いた。正和さんの事だから飲み物を取りに行くタイミングを狙って捕まえてくると思っていたし、少しは反省してるのかなと思う。
飲み物とトレイを部屋に引き入れて、再び扉を閉め鍵をかけた。
スマホをどかして紙を手に取り、二つ折りにされたそれを開く。
『ごめん。
お腹空いたら食べてね。
愛してるよ。』
正和の綺麗な字が丁寧に書いてあり、ただの白い紙なのに、線が引いてあるみたいに揃っていた。
トレイの蓋をあけると、平皿に乗ったおにぎりが二つ。もう一つの小さめの深皿には苺が五粒程入っていて、それぞれラップがしてあった。練乳のチューブまで置いてある。
練乳をかけた苺は俺の大好物だ。
トレイをテーブルの上に置いてから、小さな洗面所で手を洗った。
ミネラルウォーターを一本飲み干してから椅子に座って、ラップを剥がしおにぎりを手に取る。
別に絆されたわけじゃない
食べ物を無駄にするのは、自然の恵みや生産者に悪いから、そんな言い訳がましい事を思いながら、一口かじるとおにぎりの具が見える。
鮮やかな色をしたそれは美味しそうな焼き鮭。
何でか分からないけど涙が出た。
「……正和さんのばか」
ポロポロと零れた涙を袖で拭い、おにぎりを頬張る。苺にはいつも以上に練乳をかけて、苺の味が分からなくなるくらい甘くして食べた。
お皿にたくさん残った練乳も飲んでおく。
歯磨きはないので口をゆすぐだけにして、早々にベッドに横になった。学校や情事の疲れのせいか、もしくはご飯を食べた後だからか、そのまますぐに眠りについた。
窓から差し込む日の光で目を覚まし、時計を見れば九時を示していた。普段ならとっくに学校へ行っている時間。だが、今日は土曜日だからお休み。
隣に正和さんがいないのは少し寂しかったりする。
ベッドに座ったまま軽く伸びをすると、食べっぱなしのお皿が視界に入り、なんとも言えない気持ちになった。
「……」
ドアの鍵を開けて、トレイの蓋を閉める。それを手に持つとドアを引いて部屋を出た。
リビングにいる正和さんを素通りしキッチンへ入る。流しへお皿を置いて水に浸けると、正和さんもキッチンに入ってきた。
「ココアと苺ミルクとオレンジジュース、どれにする?」
本当はオレンジジュースを飲む予定だったけど、正和さんが言ったものを飲むのはなんか嫌だったので、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出した。それをコップに入れて一気に飲み干す。
冷たくて美味しい。
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