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第161話

 時折振り返って妙な距離感を可笑しそうに笑う正和さん。できるだけ平静を装って歩き続けると、無事、自分の教室にたどり着いた。  ようやく着替えられる、と安心して中に入る。 「え! 姫、まさかの女装!? それも女子高生?」 「っ……」  笠原が興奮気味に駆け寄ってくると、頭からつま先までジロジロと見てきて視線を逸らす。 「やば~めっちゃ可愛い~。あ、彼氏さんですよね?」 「こんにちは。いつも純と仲良くしてくれてるみたいで、ありがとう」  そう言って正和さんはにこりと笑うが、少し敵意と言うか悪意の滲んだ笑みだ。 「いやいや、俺の方こそ仲良くしてもらってるんで! 女装とっても可愛いっすね!」 「ふふ、似合うでしょ?」 「はい! でもここ男子校なんで気を付けた方が良いですよ。ただでさえ可愛いって噂なのに、始業式のアレで悪い噂も広まってますから」 「……悪い噂?」  正和さんが眉を顰めて聞き返すと、笠原は声を落としてヒソヒソと話す。 「ドMな淫乱とか、ちょっと言えばヤれそうとか……特に先輩の間で話題になってるみたいで」 (ちょっと言えばヤれそう!? 何それ、知らなかった……かなりショック) 「ふーん……教えてくれてありがとう」  正和さんは少し考えるような素振りをして俺の事を横目でチラリと見た後、にっこり笑ってお礼を言う。最初と違い自然な笑みで、言葉も優しい。  笠原と会話をした後、正和さんは受付に声をかけ、返却を伝えて簡易更衣室に入っていく。慌てて俺も着替えの籠を持ち、更衣室に入った。  全て脱いでシャツ、ズボン、ベルト、ネクタイと身につける。下着がないので少し違和感があるがスカートよりは断然ましだ。  衣装をハンガーに掛けて返却し、正和さんと一緒に受付を通り過ぎる。 「帰んのー?」 「たぶん」 「じゃあ火曜日な!」 「うん、またね」  笠原と短い会話を交わし教室を出る。廊下を歩きながら隣に並んで歩く正和さんを見上げると、彼は考え事をしているような表情だった。シワが寄る程ではないが、眉間に力が入っている。 「……帰る?」 「んー、まわりたい所ある?」  首を左右に振って否定すると、正和さんは柔らかく微笑んだ。そこに先程の表情はもうない。

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