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第162話
「じゃあ帰ってゴロゴロしようか」
「……うん」
駐車スペースとなっている校庭に停められた正和さんの車に乗り込む。車内に暖房がかかって、シートヒーターも暖まり始め、固まっていた体の力が抜けた。
警備員の指示に従い、正和さんの運転で学校をゆっくり出る。
「……どうしたの?」
運転を始めた正和さんは再び険しい顔をして、考え事をしているようだった。
「……気をつけてね」
「え、何を?」
「俺以外に襲われないように」
(あー、笠原の言ってたこと……)
「正和さん以外誰も襲わないって。俺、男だし」
「確かに男だけど、純は可愛いんだからもっと自覚持って」
「心配しすぎだよ。始業式から一ヶ月経つけど何もないし大丈夫」
「一ヶ月経つのにまだそんな噂があるから心配してるの」
彼は少し厳しい口調になってそう言った。
「そんな噂って言ったって元はと言えば正和さんが――」
「ごめんね。……俺も後悔してる」
(……そうですか)
そんな風にしょんぼりされると少し困る。
「だから、気をつけてね」
「……わかった、気をつける」
「うん」
そもそも注意するって言ってもどうしたら良いんだろう。優しく断って引き下がるなら、襲ってなんてこないだろうし……。
家に帰ってすぐ正和さんとお風呂に入った。学校であんな事をしたせいで体がベタついて気持ち悪かったから。
お風呂を出た後はソファに座って一緒にテレビを見る。ソファに、というか、俺はほぼ正和さんの膝の上で抱き締められるように座ってたけど。
「夕飯、お寿司でも食べる?」
「でももうお風呂入ったし」
「そうじゃなくて出前」
「あーうん、食べたい」
正和さんは俺を膝から下ろして立ち上がると、電話をかけにいく。
「……七時でも良い?」
「うん」
手で送話口を押さえながら聞いてきた正和さんに頷くと、彼は短い会話をして電話を切った。
「じゅーん」
「んー?」
語尾に音符マークがつきそうなくらいご機嫌な口調。ぎゅうっと抱き締められて少し苦しい。
「可愛いなあ。また女装してね」
「やだ」
「何で? 凄い可愛かったよ?」
(そういう問題じゃないし……)
不思議そうに首を傾げる正和さんはどこかずれている。
「あー、俺のカメラでも写真撮れば良かった……失敗したなー」
ブツブツと言っている正和さんの背中に手を回し、軽く抱き締め返す。少し驚いたみたいで彼の体がピクッと揺れた。
「あれだけ俺のこと好きにしたんだから……いいじゃん、写真なんて」
「あれだけって? 大したことしてないよね……いてて」
とぼけているのか本気で言ってるのか知らないけど、ムカつくので背中を少し抓る。
「ふふ、写真なんかより生身の純が一番だよ」
(生身って……)
正和さんは俺のことをぎゅっと抱き締めたまま、俺の髪の毛に顔を埋めて匂いを嗅ぐように息を大きく吸った。
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