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第167話
「……でも、俺なんかより可愛い子いっぱいいるじゃん」
「純……」
「どうせ俺が借金抱えて手頃だったから拾っただけで、本当は誰でも良かったんじゃ――」
「純。さっきからなんなの? ……あまり俺を怒らせないでね」
強めの口調で名を呼んで、俺の言葉を遮るように言った正和さんの声には少し苛立ちが滲んでいる。
「だって……」
「そうだね、純より素直で可愛い子いっぱいいるもんね」
「正和さ――」
「金で買っただけなら、俺が他に誰と付き合おうと、誰とエッチな事しようと純には関係ないよね」
瞼を少し伏せて見下すように見てくる瞳は冷たくて、背筋がゾクリと震え体から体温が遠退いていく感じがする。喉が張り付いて、指先が冷たい。
「っ……ご、ごめんなさい」
「――――」
「違う……そうじゃなくて、そう言う事が言いたいんじゃなくて……おれ、おれ……」
震える声で弁解を試みるが、自分でも何が言いたいのか分からなくて、止まっていたはずの涙が再び目から溢れ出して思考と共に視界が歪む。
それなのに正和さんは何故かクスっと笑って、ニヤニヤしながら、涙のあとをなぞるように頬を撫でた。
「へえ。そっか」
「な、なに……?」
「純、さっきの役者に嫉妬したんでしょ?」
「え? ……ゃ、違っ、そんなんじゃ」
正和さんの言った事を一瞬理解できなくて聞き返すが、すぐに顔が真っ赤に染まる。慌てて否定するも、耳まで熱くて湯気がでてきそうなくらい赤く色づいた顔では説得力がない。
「かーわい。そんなに俺の事好きなんだ?」
「っ……」
「純の方が可愛いよ? こうやってすぐ赤くなっちゃう所とか、俺のこと大好きな所とか。……えっろい体で色気もあるし」
「別に可愛くなんか……えろくないし」
俯いてそう答えれば乳首をきゅっと抓られる。思わず声が出そうになって慌てて口元を押さえ、彼の事を睨み付けた。
だが、先程より薬の効果は弱まってきたらしい。
「ふふ、そうやってもっと俺のこと好きになってたくさん嫉妬して」
ニコニコしながら抱き締めてくる彼の胸を押し返す。じたばた踠けば、クスクス笑われた。
「別に嫉妬なんかしてないしっ……離して」
「あー、あー、可愛くない、可愛くない。もっと素直になれば良いのに。さっきまであんなに泣いてたくせに」
「……うるさい」
正和さんの腕の力には敵わず、抜け出す事はできなかったので、小さく呟いてそっぽを向く。すると彼は耳元で「でも、そうだなぁ」と何かを企んでいるような口調で呟いた。
「お金で買われたって自覚があるならそれ相応の事をしてもらわないとね」
「へ……?」
正和さんの顔を見上げると、ニヤリと笑みを浮かべていて、口からは間抜けな声が漏れ眉尻が下がる。そんな俺を見てニヤニヤと楽しげに笑う彼が怖い。
「自分で言ったんだよ、俺が純のことお金で買ったって。だったら、ちゃーんと俺の言うこときかなきゃね?」
「ま、正和さん……?」
「どうしようかなあ、やりたいプレイたくさんあるんだよね~。ああ、ご飯も前みたいにキャットフードにする?」
頭をふるふると横に振って否定すると、また目頭が熱くなってじわじわと涙が湧き出てくる。ぼやけた視界に映る正和さんは目をスーッと細めて、何かを考えているようだ。
「ごめん、なさい」
「……なーんて、冗談。あー、可愛い」
泣きそうになりながら小さな声で謝れば、正和さんはクスクス笑って俺から離れる。
「夕飯何食べたい?」
「……正和さんの作ったやつ」
「だから何食べたい?」
正和さんは微笑んで再度訊いてくる。
キャットフードは嫌だという意味で言ったのだが、どうやら甘えていると思われたらしい。
「特にないから何でも良い」
「んーじゃあ、すき焼きにしようか」
そう言ってにっこり笑い、俺の部屋を出て行く。しばらくするとお米を研ぐ水の音が聞こえた。
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