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第172話
十九時三十二分。
正和さんが仕事をすると言って部屋にこもり、一時間が経った。俺は悩んだ挙げ句、正和さんが以前買ってきた白で透け透けのベビードールを着ている。それだけでは恥ずかし過ぎるので、上からバスタオルにくるまっていた。
彼の部屋の扉をトントンとノックする。もしかしたら仕事のきりが良くないかもしれないので控えめに。
「どうぞ」
聞こえてきたのは落ち着いた優しい声音で、仕事も一段落したのだと悟る。けれど、ノックしたものの、この格好で彼の前へ出るのは恥ずかしい。やっぱり着替えてこようかと躊躇っていると、扉がゆっくり開いた。
「どうした、の……純?」
正和さんは俺のことを目で捉えたと同時に、言いかけた言葉が一瞬とまり、変に区切られる。驚いたような顔で目線は上から下へと動き、俺の全身を見ているようだ。
「っ……」
「とりあえず中入ろうか」
そう言って俺の腰に手を当て、紳士的にベッドの方へ誘導してくれる。
俺は片手でバスタオルを握り締めたまま、正和さんを見上げて三枚綴りの紙を渡す。
「何? これ」
「……誕生日プレゼント」
「何でもお願いを叶える券……?」
何故、三枚にしたのかと言えば、魔法のランプでお願いを三つ叶えるというのを聞いた事があったからその影響だ。一枚だと少ないかな、とか考えた結果で特に深い意味はない。
「本当に何でも?」
「……俺が、できることだったら」
ぼそりと呟くと、彼は少し考えて楽しそうに話す。
「女装してお出かけとか」
「そんな……」
「何でもやってくれるんでしょ?」
「でも、この辺は友達とかいるし……」
「この辺じゃなきゃ良いの? かーわい」
そう言って頭を撫でてきた。
俺はベッドの端に腰掛けて、ドキドキして緊張する手でバスタオルを押さえていた手を離す。ベッドの上に、はらりと落ちたそれは、お尻の後ろ辺りでくしゅくしゅになって、ベッドから床に向かって垂れ下がる。
透け透けの下着を身に付けた肌が露わになって、それを見ていた正和さんが息をのんだ。
「……俺のこと、好きにして」
意を決して彼に言い、ベッドの上のタオルをぎゅっと握り締めて、顔を真っ赤にする。
だが、正和さんは固まったままで何も言わない。恥ずかしくてどうしたら良いのだろう。
「正和さん……?」
彼の顔を見上げて名を呼べば、重みのある低い声音で問われる。
「……本当に好きにしていいの?」
まるで最終確認と言ったような口調。スーッと細めた眼差しが少し冷たい。その表情に背筋をぞくりと震わせて頷くと、彼はニヤリと口角を上げた。
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