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第194話
薬は完全に抜けきったようで、体の熱は冷めた。むしろ、精神的ショックのせいか、全身が冷え切って凄く寒い。
保護者に連絡するという先生には、やめて欲しいと頼んだが、連絡しないわけにはいかないと、正和さんに電話をかけられてしまった。けれど、出なかったので、先生は留守電にメッセージを残して、俺はそのまま帰宅することになった。
俺が女だったら違ったのかもしれないが、男だし最後までされてはいないので、そこまで大事にはならなかったようだ。
「正和さんに何て言おう……」
「……あったこと全部話したらいいんじゃない?」
「でも……」
「恋人なら全部聞きたいもんじゃね?」
拓人と会話をしながらゆっくり歩いていたが、いつもの交差点に差し掛かる。
「……家まで送る?」
「だい、じょうぶ」
「ほんとに平気? 一人で帰れる?」
「……うん、ありがとう」
「じゃ、また明日な。休むならメールして」
「ん」
(……どうしよう)
正和さん以外の手に感じてしまった。自分でさえ触るのも禁止されているのに、他人にイかされてしまった。身体中触られて、正和さん以外の人のを口に含んでしまった。
キスマークまでつけられて、俺はどうしたらいいんだろう。
拓人と別れた後、ぐるぐる考えながら歩いていたらあっという間に家につく。
「……ただいま」
そーっと玄関を開けて、呟くような小さな声で帰った事を知らせる。
「うっ……っ」
(気持ち悪い……っ)
突然の吐き気に鞄を投げ捨て、慌てて口元を押さえ、トイレに駆け込む。
「~~~~っ……うぅ」
気持ちが悪い。お昼食べたものを全て戻すと、胃液まで出てくる。何度か戻して、トイレットペーパーで口を拭うと吐き気は少し落ち着いた。
「おかえり」
「っ……」
トイレから出ると目の前に正和さんがいて、驚いて思わず飛び退く。
「どうしたの? そんなに驚いて」
「なんか、気持ち悪くて……」
「大丈夫? お腹痛い?」
心配そうに聞いてくる彼と目が合わせられなくて俯いた。
「ううん、吐き気だけ。……ちょっと、疲れてるのかも」
「ご飯はどうする?」
「今日はいい。……ごめん」
「そっか、ゆっくり休んで。お腹すいたら言ってね」
そう言って抱き締めてくる。けれど、抱き締められる前に正和さんの胸を押し返したので、彼はきょとんと不思議そうな顔をした。
「ご、ごめん……戻したから汚いし、お風呂入ってくる」
「……うん」
彼から逃げるように自分の部屋へ行き、いつものパジャマではなく、タートルネックのシャツを持って浴室に向かった。
途中、廊下に置いてある固定電話を見ると、ランプがピカピカ光っていて、少し悩んだあと先生のメッセージを消してしまった。留守電を消してしまったことの罪悪感から、心臓がバクバクする。
話さなきゃならないのは分かっているけれど、正和さんに知られるのは嫌だ。全部なかったことにしたい。……消えてしまいたい。
(胸が、苦しい)
シャワーを浴びて、キスマークをゴシゴシ洗うが、洗った所で消えるはずもなく、全身が真っ赤になるだけだった。触られた所全てが気持ち悪くて、何度も何度も洗うが感触が消えることはない。泣きながらしばらくシャワーを浴びたら、頭まで痛くなってきた。
服を着て髪の毛を乾かし、早々にベッドに入ると、正和さんが隣に来てくれる。
「いつもと違うの着てるんだね」
「っ……さ、寒くて」
「じゃあ、ちゃんと布団かけないと」
そう言って肩まで布団をかけてくれる。
(あったかい……)
「……ご飯食べないの?」
「純がお風呂入ってる間食べちゃった」
「そっか……」
「俺のことは気にしなくていいからゆっくり休んで」
優しく頭を撫でられて、凄く泣きたい気持ちになった。
「ま、正和さん」
「んー?」
今日の出来事をどっから話したら良いんだろう。サラッと伝えられる方法はないんだろうか。なんて言えば、いいんだろう。
「ぁ、えっと……なんでも、ない」
「どうしたの? 何かして欲しい事があるなら言って」
「呼んでみただけ……だいすき」
「ふふ、可愛い。俺も愛してるよ」
微笑んで俺にぴったりくっつくと、明かりを消した。罪悪感で胸がモヤモヤする。
再び気持ち悪くなったのをなんとか堪 えて、眠りについた。結局、今日は何も言えなかった。
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