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第206話
「俺、は……正和さんと一緒にいたい」
「……また同じように純が辛い思いすると思うよ」
「おれ、は……俺は、ひっく、うぅ、別れる方が、嫌だ……っ」
別れたくない。最近ようやく正和さんのことがわかってきて、他の誰といるよりも彼といる時間が好きだと思い始めていたのに。デートだって、まだ一回しかしていない。これから二人でもっと楽しい思い出を作るはずだったのに。
「正和さ、が……俺と、いたくない、なら、うぅ、っ……えぐっ……っ、っく」
涙がボロボロ零れて息が詰まる。ちゃんと話がしたいのに、泣いてるせいで言葉が出ない。話そうと思うと、彼に伝えようと思うと、悲しくなってきて、しゃくり上げるような泣き声ばかりが溢れて伝える事ができない。
「うっぅぅ……正和さんが、嫌、なら……っ、別れる、けど……」
「純の事が嫌なわけじゃ、ないけど……」
じゃあ、いったい何。何で別れるなんて言うの。訳が分からない。それに大事な話をしてるのに何で俺から目を逸らすんだろう。
「っ……こっち向けよ!」
声を荒げると、彼は驚いたように目を見開いて顔を上げる。
「……俺は、純が傷ついてる時にまた酷い事すると思う」
ゆっくり話し始めた正和さんは俺の目を見ているが、俺自身を見ているようには見えない。えらく落ち着いた正和さんの声と、俺の鼻水をすする音が室内に響く。
「それに泣かすのは好きだけど、泣かれるのは好きじゃない。純の事は傷つけたくない」
傷つけるような事を平気でする、だけど俺の事が好きだから傷つけたくない。正和さんの言ってる事は矛盾していて、俺の為と言うよりも自分の為のような感じがした。
自分がしてしまった事への言い訳にしか聞こえない。
「でも純の気持ちを優先して優しくしてやるなんて事、俺にはできない。だから――」
「ふざけんなっ!」
正和さんが再び別れを告げようと口を開いた時、彼の言葉を遮るように怒鳴りつける。怒鳴る気なんてなかったけど、色んな感情が高ぶって、目の前が眩んで、気づいたら怒鳴っていた。
「むりやり、抱いて、勝手に嫁にしたくせに……っ」
こんなことなら最初から好きにならなければ良かった。
「そ、なこと、言うような人じゃないだろ……いつも自分勝手なくせに……っ」
怒ってるのか悲しいのか、自分でもよくわからない。嗚咽で喉を詰まらせながら、溜め込んでいたものを吐き出すように、思った事をそのまま話す。
「なんでこんな時ばっか……本当におれのこと思うなら、なんでそんなこと言うんだよ……なんで、なんで……」
もう嫌だ。消えてしまいたい。
「ひぐっ……うっぅ゛ぅ……意味、わかんな、ひっく……っ」
腕で乱暴に涙を拭って、みっともなく泣きながら感情をさらけ出した姿は、もしかしたら引かれたかもしれない。
顔を上げると彼は凄く困った顔をしていて……凄く、悲しくなった。
「……そんなに泣かないで」
優しくと言うよりは『困ったな、どうしよう』という困惑の色が強い口調で言ってくる正和さん。
このまま本当に別れるつもりでいるのかと思ったら、涙がボロボロ零れて止まらなかった。
「だって……うぅっひぐっ」
「……ごめんね」
「やだ、やだっ……正和さ、が……、こんな体にしたくせに」
彼の胸を掴んで縋るように訴える。
「責任とれよぉ……、う゛ぅっ、ひっく」
こんなこと言いたくないのに。彼を困らせたいわけじゃないのに。
「っ……ぐっ、うっぅ゛っ、俺が嫌になっても、閉じ、込めて……離さないんじゃ、っ、なかったのかよ」
泣いていたせいで途切れ途切れになったその呟きは、静かな室内には大きく響いたように聞こえた。
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