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第207話

 彼は腰掛けていたベッドに体を滑らせて上がると、俺の後ろに回った。背後から回された手に、ビクッと驚きつつ、優しい温もりに涙がぽろぽろ溢れる。 「……ごめんね。泣かないで。泣かせたかったわけじゃないんだ」 「うっぅ゛ぅ……ひっく」 「純が一緒にいたいならちゃんと責任とるよ。いや、責任とるっていうか……むしろ責任果たさせてください」  いつになく真面目な声でそう言った彼は、後ろから包むように抱き締めて、俺の右肩に顔を乗せる。 「純のことは愛してるし、本当は別れたくない。でもこれからも純が辛い思いするかもしれないし、純に酷い事すると思うよ。俺自己中だから。……それでも良いの?」  正和さんの言葉にコクコクと頷いて、お腹に回されている彼の腕をぎゅっと握る。 「そ、なの……いまさら、っ……ひっく」 「……ごめんね。こっち向いて」  右の方を向くとチュッ、と唇にキスを落とされた。お腹に回していた腕の片方を離して、目元を優しく拭ってくれる。彼に抱き締められて安心したせいか、涙はいつの間にか止まっていた。 「……お風呂入ろうか」  そう言って俺から離れると、ベッドからりてゆっくり立ち上がる正和さん。思わず彼の服を掴むとお腹がチラリと見えた。 「――て」 「ん?」  服を掴んだ手元を見ながら、勇気を出して震える声で言うと、聞こえなかったのか聞き返してくる。  顔を上げるが目を合わせる事はできなくて、正和さんの口元を見ながら再び口を開いた。 「抱いて……。俺のこと、抱いて?」 「……体痛いでしょ? 無理しなくていいよ」  服を掴んだ俺の手を上からそっと握って、困っているような複雑な表情を浮かべた。 「やっぱ、俺とは……」 「ん?」 「……俺とは、もうしたくない?」  答えを聞くのが怖くて、震える声で問いかけると、彼は大きなため息をついた。体をビクリと震わせて身構えていると、降ってきたのは呆れたような声。 「……あのさあ。したくてしょうがないに決まってるでしょ。何日我慢させられたと思ってんの?」 「っ……一ヶ月、近く……?」 「純がつらいと思ってせっかく我慢してたのに。もう知らないからね」  そう言った彼にもう迷いの色はなく、欲情した獣のような鋭い目を向けられる。ぞくりと震えると押し倒されて、熱くて蕩けるような激しいキスをされた。  目が覚めると、布団に包まれて隣には正和さんがいた。 (……あったかい)  あの後、正和さんに優しく激しく抱かれたのだが、既に朝方だったため、体は疲弊しきって意識が朦朧としていたのであまり覚えていない。結局、寝たのは朝の十時くらいで、学校にも休みの連絡を入れそびれた。  だが、正和さんに全て話す事ができて、こうしてまた一緒にくっつく事ができるのはとても幸せで口元が緩む。  胸はトクトクと穏やかに脈打って、気持ちもだいぶ落ち着いた。スヤスヤ寝息を立てている正和さんにくっつくと彼も目を覚ました。 「……お腹すいた?」  眠そうな目をしぱしぱさせながら、寝起き特有の掠れた声で聞いてくる。 「ううん、大丈夫」  時刻はまだ昼の二時過ぎで、徹夜に加えてあんな事した後だからお互いにまだ眠い。正和さんはふわりと笑って俺の事を抱き締め直すと再び眠りについた。伸びてきた髭が当たって少しチクチクするが、それでも彼の隣は心地良い。  正和さんの匂いと体温に包まれて、俺も再び眠りにつくと、久々に良い夢を見た気がした。

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