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第209話

 顔を見なくても彼が笑ったのが分かって、なんだか胸まで温かくなった。  車を二十分ほど走らせて着いたのは、そこそこ立派そうな雰囲気のホテルで、ランチはビュッフェ形式だった。  美味しいサラダやローストビーフなんかを食べて満足だ。お昼ご飯を食べた後は再び車に乗って、行った事のない道を通る。  いったいどこに向かってるんだろう。期待よりも若干不安の方が大きい。 「着いたよ」  車のエンジンをきり、シートベルトを外す正和さんに(なら)って俺もそれを外した。車を降りて駐車場から少し歩き、綺麗な建物の前まで行く。 (美容院……?)  正和さんの後ろをついて歩くと、自動ドアがスーッと開いて可愛い感じの女性店員が出迎えた。 「いらっしゃいませ」 「こんにちは」 「お待ちしておりました。……あ、そちらの方ですね!」 「そうそう。伸ばしてるから前髪以外は極力切らないようにしてもらえる?」 「わかりました~。じゃあ、純くんはこちらへ」  困惑して正和さんの顔を見上げると、彼はにっこり笑った。  案内されるがまま女性についていき、椅子に腰掛けるとクロスをかけられて、髪の毛をブラッシングされる。 「結構伸びてますね~」  先程の女性は美容師だったらしく、ハサミと櫛を手に楽しそうに話しかけてきた。だが、まさか美容院に来るとは思っていなかったので、今の状況にただただ呆然とする。  あっという間に短くなっていく髪。久々に前髪が目よりも上の長さになって、横と後ろも揃える程度に切ってくれた。  カットが終わった後はシャンプーして再び椅子に座り、髪によくわからない液を塗られていく。アシスタントの子と二人で塗っているからか、作業がとても早い。 「髪の毛ツヤツヤになりますよ~」  キャップで頭を覆われて、会話の内容からトリートメントをされているらしい事が分かった。しかし、施術されてる本人が何されるか知らないってどうなんだろう。少し疑問に思いながら、当たりをキョロキョロ見回す。  店内はそんなに広くないのに、正和さんの姿が見当たらない。 「流しますので、シャンプー台の方へどうぞ」  促されるままシャンプー台の方へ行き、トリートメントを流してもらう。再び席につき、髪の毛を乾かされ軽くセットされた。どうやら終わったらしい。鏡で後ろの方も見せてもらうと、ぴょんぴょん跳ねていた髪は綺麗にまとまっていた。 「一ヶ月はこのままツヤツヤですよ~」  ニコニコ笑う美容師に苦笑して立ち上がると、正和さんが来た。 「前髪、横に流してるより、ある方がいいね。可愛い」 そう言って頬をスルッと撫でてくる。 「っ……」 (人がいるのに何考えてんだ!)  羞恥で顔が真っ赤に染まる。正和さんの事を睨みつけてから、周りを確認すると先程の美容師とアシスタントの女性は何故かニヤニヤしていた。 (なんか……こわい……) 「可愛らしい方と一緒になれて良かったですね!」 「杉田さん幸せじゃないですか~」 (一緒になれて、幸せ……? もしかして、付き合ってること知ってる!?) 「ふふ、凄い良い子なんだ。俺にはもったいないくらい」  チュッ、と額にキスを落とされて、顔が更にポポポッと赤く染まる。

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