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第224話

「どこ行ってたの?」  扉の開く音で帰ってきた事に気づいたのか、玄関まで来た正和さん。  今朝病院に行くと言っておいたはずなのに、何故そんな事を聞くんだろうという疑問と、後ろめたさから答えるのに少しの間が空く。 「……病院」 「薬は?」 「……出なかった」 「ふーん?」 「な、なに?」  疑うような言い方に背中には冷や汗が伝う。心臓がバクバクして落ち着かない。 「体調は?」 「まだちょっと喉が痛いけど、今朝よりは楽になった」 「口開けて」 (え……)  渋々口を開くと、もっと大きく開くよう言われた。ペンライトで照らされて喉を見られる。 「へえ。どこの病院行ったの?」 「えっと……スーパーの近くの渡辺内科」 「ああ、渡辺先生」  まるで、その人のことを知っているかのように呟く正和さん。もしかして彼の知り合いなんだろうか。 「あの人、凄く優しいでしょ」 「う、うん……知り合いなの?」 「研修医の頃、同じ病院だったんだ。最近跡継いだばかりなんだよね」 「……そう、なんだ」  正和さんの知り合いなら、嘘も全部バレてしまうかもしれない。いや、彼は既に勘付いているからこんなことを言うのかもしれない。 (どうしよう……) 「久々に電話してみようかな。今日はうちの純がどうもーって」 「え……」 「んー?」  携帯電話を取り出して電話をかけようとする正和さん。心臓が激しく脈打って唇が震える。咄嗟に正和さんの手を掴むと、彼はスーッと目を細めて俺のことを見た。 「あ、あの、俺……えっと、その」 「どうしたの?」  少し冷たい声音で聞いてくる正和さんは、まるで全て知っているかのような雰囲気だ。 「ご、ごめんなさい」 「……それは何に対して謝ってるの?」 「えっと……だから、その、今日は、病院に行ってなくて……っ」 「へえ? じゃあどこに行ってたの」  怖くなって両手をぎゅっと握り締める。 「っ……拓人の家に、遊びに行ってました」 「嘘ついて遊びに行ったんだ?」 「ごめんなさい!」  深く頭を下げて謝るが、彼は何も言わなくて、不安になって恐る恐る顔を上げた。 「あの……」 「そっか。心配して早く帰って来たけど必要なかったね」  正和さんはにこりと笑うとそのまま部屋に戻った。てっきりきつく叱られるとばかり思っていた俺は拍子抜けしてしまう。  体の緊張は解けたが、正和さんがあんなにあっさり引くなんて怖い。怒っていないはずがないのに。  靴を脱いでリビングに行くと彼は夕飯の支度をしていた。  自分の事で頭がいっぱいだったため忘れていたが、仕事は大丈夫なのだろうか。早く帰ってきたと言ったが、ちゃんと終わらせて来たのだろうか。  そんなことを考えながら手を洗って席につく。 「いただきます」 「……いただきます」  正和さんの後に続き食前の挨拶をするが、それきり彼は何も話さない。悪い事をしてしまった為、自分からも話しづらく沈黙が続く。  気まずい雰囲気で、いつもなら美味しいはずの彼の料理も、味があまり感じられない。

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