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第242話
「純くんきてー」
「なに?」
陸くんの側に行くと、病理学の教科書を開いて見せてくる。
(え……)
「陸くんこんな難しい本読むの?」
「うん! 分かりやすく書いてあるんだよー。叔父さんみたいな先生になるんだ」
「おじさん?」
「正和叔父さんね、お医者さんなんだよー」
そう言ってニコニコ笑う。
いや、正和さんみたいになっちゃだめだよ。なんて思いながら、陸くんの話を聞いた。
(ちょっと待って。え、陸くん俺より頭良い?)
喋り方とか仕草は普通の子供なのに、さっきから難しい本、普通に読んでるし理解してるっぽい。
(なんか……恥ずかしくなってきた)
「純くんは大人になったら何になるの?」
「えーっと……何だろう。考え中。てか最近その事で悩んでたんだよね」
進路の紙はまだ提出してないし、正和さんにも話してない。どうしたものかとちょうど先日考えていた所だ。
(そろそろ正和さんに相談しないと……)
「そっか……でも純くん優しいから、良いお父さんになりそうだよね」
「え」
予想外のフォローに固まる。
「僕のお父さんね、怖いんだ。すぐ怒るの」
「……それは陸くんのためを思ってじゃない?」
「違うよ。お母さん悪くないのにお母さんの事もいっつも怒ってる」
そう言って陸くんは目を伏せた。
こういう時はなんて返したら良いんだろう。変に何かを言っても相手を傷つけるかもしれないし、こういう家のデリケートな事情ってフォローの仕方がわからない。
「……ごめんなさい、こんな話して。でも純くん、本当に良いお父さんになると思うなあ」
「ありがとう。……でも俺の家も父さんと母さんあまり仲良くなくてさ、良いお父さんとお母さんってあんまりイメージわかないや」
「そうなの?」
きょとんとした顔で聞いてくる陸くんに、小さく頷く。
「うん。その上、借金俺に押し付けてどっか行っちゃったんだ」
ハハハ、と乾いた笑いを漏らして続ける。
「だからあんな大人にはなりたくないなあ、って」
(……って、子供に何話してんだろう)
「大変だったんだね。……叔父さんは優しい?」
「え……うん。優しい、かな」
優しさと同じくらい意地悪だけど。と心の中で付け加えておく。
なんか友達と話してるみたいで、凄く複雑な気持ちになる。はあ、と大きなため息をつきそうになるのを堪えて、陸くんの読む循環器の教科書を眺めた。
陸くんの解説を聞きながら本を読み進めたら、意外に面白くて時間が経つのも早くて、いつの間にか三時間経っていた。コートを着て帰り支度を済ませた由美さんが部屋に入ってきて、陸くんに呼びかける。
「陸ー、帰りましょ」
「はーい。またね、純くん」
「うん、またね」
小さく手を振るとニコッとして部屋を出て行った。
「今日は陸と遊んでくれたみたいで、ありがとう」
「いえ、そんな……俺も楽しかったです」
「それは良かった。じゃあ今日はこれで」
「はい、気をつけて帰ってください」
ありがとう、と言って微笑み、由美さんも部屋を出て行く。
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