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第244話
「あ、いいよ。大丈夫。俺もうお腹いっぱい」
ごちそうさまでした、と席を立って自分の食器を片付ける。寝るまでまだ随分と時間がかかりそうなので、ゆっくりお風呂に入る事にした。
久々に長湯をすると、体が温かいを通り越して熱い。飲み物を取りにキッチンへ行くと、二人は食後もリビングで話していたらしく、机に書類を広げていた。
ミネラルウォーターを一気に飲み干して、正和さんの部屋のベッドで横になる。
(……暑い)
暖房のせいもあるのか、じっとしているのに汗をかいてくる。
「ふう……」
しばらくして体の熱も冷め、暑さも引いた頃、正和さんが部屋に来る。だが、まだ話している途中の雰囲気で、そのままパソコンに向かった。
「あれ? おかしいな……」
正和さんが少し焦った様子でパソコンを操作していたかと思ったら、しばらくして彼の動きは止まった。
「書類のデータ消えてるんだけど」
そう言って俺の方を向く。
「え……俺に言われても……」
そんなこと俺に言われても困る。データが消えているからと言って、俺は作れないし戻せない。
(どうしろと?)
「……純。今謝れば許してあげる」
「は……?」
「芳文が来てるの面白くないからって、こういう事するのはだめでしょ」
いったい何の話だ。全く身に覚えがないが、正和さんが冗談ではなく、本気で言っている事は分かる。
「俺は、してない……そもそもそのパソコン自体今まで触った事ないし」
彼が今にも怒り出しそうだったから、声が震えて小さくなった。
「兄さん、こっちも確認して」
「分かった、すぐ行くよ。……純、自分の部屋で待ってて」
彼は何か言いたげだったのを抑えて、部屋を出て行った。
(何なんだ、いったい。自分で消したんじゃないの? ……意味わからん)
自室に行ってベッドに腰掛け、足を床につけたまま後ろに倒れる。
ほんと今日、最悪だ。
(……嘘ついたとか思われてんのかな? だとしたらかなりやばいよな……。この間、それで怒られたばかりだし。……はあ、なんか、泣きそー)
コンコン、と扉がノックされる音に飛び起きれば、返事をする間もなく、ガチャと扉は開いた。
(正和さん……)
部屋に入って扉を閉める正和さんに、先に何かを言われる前に弁明を試みる。
「俺、本当にやってないよ。……確かに芳文さんの事、良く思ってないかもしれないけど……仕事の事に関して悪戯したりなんて本当に――」
「純」
咎めるように名を呼ぶ彼の声にびくりと体を震わせて、言葉を続ける。
「仕事は他の人にも迷惑かかるから……もしイラついたとしてもそんな事は絶対……っ」
話の途中でぎゅっと抱き締められて息が詰まる。
「……疑ってごめんね」
驚いて固まっている俺の耳元でそう言った彼は、ゆっくり体を離して向かい合う。
「よく考えたら純がそんな事するはずないよなって思って。……謝りに来ました」
そう言って再びぎゅっと抱き締められる。
「本当にごめんね」
「……ん」
本当、勘弁してほしい。凄い心臓痛かったんだからな。
でもまあ、俺ではないと分かってくれたのなら良かった。
正和さんも悪い時はちゃんと謝るんだな、なんて思いながら、そっと正和さんの背中に手を回し、抱き締め返す。
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