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第254話

 心臓の音がやけに大きく感じられて手がしっとりと汗ばんだ。 「純、緊張してる?」 「っ……」  正和さんはいつものように揶揄う風でもなく、普通に聞いてきたが返しに困る。 「……困ったな」 「え……?」 「本当はするつもりなかったんだけど……そんなに期待されちゃったら、ね?」 「き、期待なんかしてないし!」  カァァ、と効果音がつきそうな程、顔が熱くなって赤く染まった。真っ赤になっているのが自分でもわかる。 「それに、する気ないのに……わざわざしなくていいし……」  彼はくすっと笑って「そういう意味で言ったんじゃないよ」と言う。 「純のこと喜ばせる為に来てるから、旅行中は我慢しようと思ってたのに」 (……やばい。なんか分かんないけど凄い嬉しい)  大事にされてるみたいで胸が温かくなる。 「べ、別に……そんなの正和さんらしくないし」 「そう? じゃあ、我慢するのやーめた」 「え……ぁ、ちょ、やっぱり待った!」 「待たない」  据え膳食わぬは男の恥、とかなんとか呟いた正和さんは、浴衣の合わせ目の所から手を入れて胸を撫で回す。 「ゃ、あっ、正和さんっ」 「かーわい」  その後、抵抗虚しく腰が立たなくなるまで、優しく激しく抱かれるのだった。  昨晩あんなことがあったが、時間的には早かった為、十一時には寝ることができ、朝も朝食前に起きられた。  この部屋専用の露天風呂に入ろうと、少し寒く感じられたが外に出る。ヒヤリとした外気に身を包まれ体を竦めた。  そっと足から湯に浸かるが水温が高く、入るのを躊躇する。思い切って全身を一気に湯に沈めれば、熱さで肌が若干ピリリとした。  後から入ってきた正和さんに抱きしめられて、水中で体が不安定に揺れる。首筋にちゅっと唇を押し当てられて「大好きだよ」と囁いてくる正和さん。  お腹に回された手にそっと自分の手を重ねる。  露天風呂から見える海は静かに波打っていて、風があまりない。二日とも天気が良くて良かったなあ、と思いながらお風呂を出た。 「朝ご飯食べて、ここ出たらどっか行く? それとも帰る?」 「んー、どっちでもいい。正和さん決めて」 「……帰っちゃってもいいの?」 「うん」 「本当に帰っちゃうよ?」 「うん」  今回の旅行はなんだかとても良かった。正和さん優しかったし。ご飯も美味しかったし色々楽しかった。また来たいなあ、なんて。 (二人で温泉とかなんか恋人同士みたい……?)  とか思ったり。顔が熱い。 「みたいじゃなくて、恋人同士でしょ」 「えっ……何で思ったこと……」 「ん? 口に出てたよ全部」 「っ~~」 (うそ……恥ずかしい) 「また来ようね」  そう言って唇にキスを落とされた。

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