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第256話

「い、いや……そういうのは、ちょっと……」 「なーんだ、やっぱ口先だけ?」 「そんなことっ!」  視界の端で彼がニヤリと笑うのが分かって、はっとする。 (しまった……) * * * 『ほら、どんな感じ?』 『はぁっ……んっ』 『どこがどう感じるのか、ちゃんと説明して』 『あぁっ、やだ、やだ……っ』 『純、仕事なんだよ?』 『あぁっ……だめっ、あっぁん』  新作の玩具を試してみようか、なんて言った彼に軽くいじめられた後、少し言い合いをしたが結局いつものように言いくるめられてしまった。  正和さんに体を洗ってもらい、お風呂に入りながら真面目に進路を考える。 「……正和さんはどこの大学だったの?」 「んー、帝都だけど……何で?」  彼と同じ大学に行けば良いかもしれないと思ったが、帝都大なんて俺の頭じゃ何年浪人しても無理だ。 「いや……気になっただけ」 (帝都大の医学部とか……変態だけど、頭は良いんだよなこの人)  ため息をつくとクスクス笑われた。 「勉強なら教えてあげるよ」 「……正和さんとこで働こうかな」 「え……?」  予想外だったのか聞き返してくる正和さんの胸に寄りかかる。 「特に行きたいとこないし。正和さんの負担減ればいいかなあ……って」 「大学行かないの?」 「どうせずっと正和さんと一緒だし。……実技とかそういうのは嫌だけど、事務作業なら俺もできると思う、たぶん」  後ろから回されていた腕にぎゅっと力が入り、背中と正和さんの胸がより密着する。 「かーわい。まあ大した勉強しないしね」 「……でも進路の紙にはなんて書けば良いんだろ」  SMのゲイ風俗店と書く勇気はない。 「家業を継ぐ、とか?」 (家業……か)  まあ、確かにそういう事になるのかもしれない。 「何か聞かれたらどうしよう……」 「んー、彰子さんの会社にしとけば?」 「えっと……?」 「杉田ホールディングス。そうだなー、子会社のスギタ食品とか無難で良いんじゃないの」 「あー、うん。ありがとう」  彰子さんってひょっとして凄い人なのかな。あそこって食品以外にも服とか建築関係とか通信事業の会社もあったような気がする。 (あれ? その会社だよね?)  お風呂を出て、忘れないうちに進路希望の紙を記入して鞄にしまった。  スマホで杉田ホールディングスについて調べると代表取締役に杉田彰子とある。少しだけ子会社についても調べてみたら、通信事業の内の一つの会社に芳文さんの名があった。  そして、名前を借りる事になったスギタ食品についても調べて見ると、そこには正和さんの名があり、驚き過ぎて何だかよくわからなくなった。 「あーあ、見つかっちゃった」  後ろから覗き込んできた正和さんは、おどけたようにそう言って、後ろから腕を回し肩に顎を乗せる。

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