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第269話

* * * 「ねえ、ちゅーしていい?」 「え、何でですか……嫌ですよ」 「だって純くん可愛いんだもん」 「俺は可愛くないです」  芳文さんのこういう発言にもだいぶ慣れ、適当な返事をしながらフェルトを縫って立体にしていく。彼と話したり、こうやって一緒に作ったりするのはなんだか楽しい。  自室の絨毯に座って作る二人の周りは、フェルトや見本写真、綿等が散らかっている。  一日五十個限定のシュークリームを食べて上機嫌な上、久々に好きな事をやれてとても満たされた気持ちだ。正和さんもいないから何だかのびのびできる。 「ん……?」 (これはどこを縫い合わせるんだ?)  複雑な形に開いていて、写真だけじゃよく分からない。 「どうしたの?」 「ちょっとその紙、とってもらって良いですか?」 「はい」  渡された作り方の紙を見るが、どうやら縫うだけじゃなくて途中でひっくり返すらしい。 「こことここじゃない?」 「あれ? でもそうすると……っ」  芳文さんがいつの間にか左隣にくっついていて、心臓がドキッとする。 「ほら、こっちを裏にして……」 「……あ、ほんとだ」  お互いの肩が密着して芳文さんの体温が伝わってくる。普段こんな風に人と触れ合う機会なんてあまりないせいか、胸がドキドキして変な感じだ。 「ここ縫ったらひっくり返して、綿入れて絞るんじゃない?」 「おおー。これ考えた人凄いですね」 「普通思いつかないよねー」  芳文さんは楽しそうに笑って、俺の太ももに右手を置いた。いつも正和さんにやるように無意識なのだろうが落ち着かない。 「でも何枚も繋ぎ合わせるんじゃなくて、一枚で作るから出来上がり綺麗だよ」  そう言って見本の写真を見せてくるが、自然と先程よりも体がくっつき鼓動が早まる。何でか分からないがさっきから心臓がドキドキするし、顔が熱い。 「そ、そうですね」 (何だろう。この、ふわふわした感じ……)  今までに感じた事のない感覚に戸惑う。 「……純くんって兄さん以外に経験ないでしょ?」 「っ……」  カアァァ、っと頬が熱くなる。いきなり何を言い出すんだろう。 「ああ、ごめんね。ほら、兄さんそういう子が好きだからさ、そうだろうなーとは思ったんだけど」  そこで言葉を区切り、俺の目をじっと覗き込む。 「反応が凄い可愛いから」  手に持った針を取り上げられて、反対の手に持つフェルトに刺しそれを床に放る。ぎゅっと抱き締められて、心臓がドッドッドッとうるさいくらいに力強く脈打つ。 「こうやって抱きつくとすぐ赤くなっちゃうとことか、本当可愛い」 (この人もしかして……)  これ以上はまずい、そう思って芳文さんの胸を押し返す。 「や、やめて、ください……」  しかし、自分より二十センチ近くも背の高い男に敵うはずもなく、そのまま抱えられて膝の上に乗せられた。

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