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第289話 (芳文視点)
『は、初めまして。純です』
その子を見た時、何かを思うより前に心臓がドクンと脈打った。戸惑いながら泣きそうになっている男の子。
(……可愛い)
見た目だけで言えば凄くタイプの子。柔らかそうな白い肌に、色素の薄い茶色の髪と瞳、可愛らしく整った顔。
優しそうで、性格の良さが顔に書いてある。凄く純粋で素直そうな子。
「芳文。挨拶くらいしろよ」
兄の一言で、この子が母の言っていた高校生だと悟る。
(兄さんの彼女か……)
いつもなら兄さんと仲良くしたりするのを見て、嫉妬心からその子を追い出したいと思うのに。その時は兄さんが羨ましいと思った。いや、兄さんに対して嫉妬した。
いつもとは真逆の、自分でもよく分からない感情が胸に渦巻く。
「……はいはい。弟の芳文、宜しくね?」
爪を立てて握手をすれば、泣きそうに眉を顰めるのもいつものこと。なのに胸がチリリと痛んで。慌てて手を握り直すと涙目で見上げられて、震える声で『宜しくお願いします』と挨拶された。
なんとも言えない気持ちに凄くモヤモヤする。
とにかく早く別れれば良いと思った。いつも以上に意地悪して、冷たくして、兄さんからも怒られれば出て行くだろう、と。別れていなくなれば、この変な気持ちも消えるだろうと思った。それなのに。
「俺、別に二人の邪魔する気ないし……意地悪、結構辛いです」
(邪魔……?)
確かにいつもなら邪魔だと思う。でも今回は純くんに言われるまで、そんな事考えもしなかった。
(……やっぱり可愛い。)
普段なら人のものだと知った時点で興味なんてなくなるのに。純くんが欲しい。自分の彼女にしたい。こんな気持ちを抱いたのはこれが初めて。
それからは自分なりに純くんを口説こうとアプローチした。優しくすると凄く懐いてきて。一緒に純くんの好きな事をすれば、目を輝かせて喜んでくれる。
兄さんと喧嘩したのを知った時はもっと仲悪くなればいい、なんてドロドロした気持ちでいっぱいになった。
でも、すぐに仲直りしてしまった。もう少し喧嘩しててくれれば、付け入る事ができたのに、と卑劣な思いがこみ上げる。
だが、俺に好意を持っているのはすぐに分かった。
顔を赤くして、油断しきった表情。ドキドキするのか僅かに震えた声。下腹部に目をやれば盛り上がったそこ。そのままキスをすれば、蕩けた顔をして、本気の抵抗はしてこなかった。口先だけの可愛い抵抗。
兄さんが意地悪ばかりするせいか、優しくされるのに弱いらしい。純粋で中学生が好きそうなベタな事にもとても喜ぶ。
普段兄さんはこういう事しないんだろうなあ、なんて思いながら、恋人らしいデートもした。ハグやキスなど体に触れる事をすんなり受け入れてくれるし、流されやすくて俺に好意をもってくれるのも早かった。
だからもっと簡単に落ちると思った。
でも思ったよりしっかりしていて、兄さんに一途で。自分の彼女だったらそんなとこも可愛いんだけどなあ、とますます純くんが欲しくなる。
だけど、真正面から攻めても恋人がいる限り無理なんだろうな、って事も分かった。
純くんには申し訳ないけど、可哀想だけど。一度無理やり抱いてしまうしかない。そうすれば兄さんに対して罪悪感も持つし、俺を意識するようになる。
手を縛ったら、困惑した顔をしてどうしたら良いか考えていて、涙目で俺を見上げた。
チリリと胸が痛む。でも、純くんが幸せならそれで良い、と思えるような素晴らしい性格でもない。そっと太ももの内側に口付ける。
(ごめんね、酷くはしないから。大好きだよ)
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