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第293話
「じゅーん。そろそろ起きて」
「ん……」
「いつまで寝てるの?」
重い瞼を上げると、すぐ目の前に正和さんの顔があって。驚いて目を見開けば、唇に軽いキスを落とされる。
「もうお昼だよ。ご飯できてるからおいで」
そう言って彼は離れると、部屋を後にした。
(おひる……)
昨晩なかなか寝付けなかったのと、色々あって疲れていた為か、だいぶ眠っていたらしい。寝付けなかった、とは言っても、正和さんが帰宅する前に眠っていたのだが。
伸びをするとベッドヘッドに手が当たり引っ込める。欠伸をして体を起こすと次第に頭が覚醒してきて。チラッと時計を見ると、十三時を示していた。
芳文さんはまだいるのだろうか。あんな事があった後で、二人にどう接したら良いかわからない。再び欠伸をして、ベッドを抜け出す。
あまり長く待たせても不審に思われるので、部屋を出て洗面所へ足を向けた。
昨晩あんな事があったのに、不思議と気持ちは落ち着いていて。単に寝起きでぼーっとしているだけなのかもしれないし、衝撃的過ぎて現実逃避しているのかもしれない。顔を洗って鏡を見ると普段通りの俺。
(言わなきゃ、たぶん……気付かない)
リビングへ行くと正和さんがご飯を並べていて。そこに芳文さんの姿はないからもう帰ったのだろう。
美味しそうな唐揚げの匂いに誘われて席に着く。向かい合って座った正和さんと食前の挨拶をして、千切りキャベツにドレッシングをかけた。
「もしかして俺が帰ってくるの待ってた?」
「……別に」
「ふーん?」
普段なら『嫌だなー』としか思わないこの返しも、今日は心臓がドキドキして嫌な汗をかく。後ろめたい気持ちでいっぱいなので、何を言われるのかヒヤヒヤして落ち着かない。
「起きれなかったの、遅くまで待ってたからでしょ?」
「そういうわけじゃ……」
「可愛いなあ」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらそう言って、スーッと細めた目で俺の事をじっと見つめる。
正和さんに伝えなきゃ、と思うのに。昨日の事、今までの事を話さなきゃ、と思うのに。言い出せない。
お仕置きが怖くて、嫌われたらどうしようという不安もあって、なんと言えば良いのかも分からない。そんな気持ちが膨れ上がると、やはりこのまま『黙っていれば良いんじゃ…~』なんて思えてくる。
「芳文とずいぶん仲良くなったんだね」
「っ……」
思い悩んでいる原因でもある人。芳文さんの名が出て心臓がドキッと跳ねる。
「明日も買い物行って、ご飯食べて来るんでしょ?」
「え……」
そんな約束、していない。
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