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第294話
「俺……正和さんと家で食べるよ」
正和さんの口から間接的に告げられた明日の予定。戸惑って、声が少し震えた。
「いいよ、気遣わなくて。身内と仲良くしてくれるのは俺も嬉しい」
「別に、気遣ってるわけじゃ……」
「俺も佐々木と外で食べてくるし」
「っ……」
「……そんな顔しないで? 本当にご飯食べてくるだけだから」
(違う。そうじゃなくて)
「純も前に会ったでしょ? ほら、店の受付やってる」
「うん」
それは知ってる。
「心配しなくても佐々木には彼女いるし」
正和さんがそういう事するような人じゃないって事は分かってる。そんな心配はしていないし、今はそんな事を考える余裕もない。
俺が本当に悲しむような事はしない人。だからこそ、言い出せない。
(どうしよう。どうしたらいい……?)
「ごちそうさま」
正和さんは空いた食器を持って席を立つと、キッチンへ行った。
どうしたら良いか、わからない。こんな事、誰にも相談できないし、正和さんに打ち明ける事もできない。
瞳がじわじわと濡れてきて、視線を落とす。頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えられなくて、手に持った箸の先をぼーっと見つめる。
「プリン作ったけど食べる?」
「うん……」
正和さんが好きなのに。それは変わらないのに。芳文さんと一緒にいると、凄くドキドキして、甘い声で囁かれると体が火照る。これ以上一緒にいたら、本当に彼の事も好きになってしまいそうで、怖い。
こんな自分が凄く嫌だ。俺はいつからこんな無節操な人間になってしまったのだろう。
ご飯を食べ終えた後は、いつも通りテレビを見ながらゆっくり過ごした。ソファに並んで座り、正和さんの肩に頭を乗せれば、後ろから回された手で優しく撫でられる。
「――――」
だけど、頭の中は昨日の事ばかりで。どう切り出そうか考えて、何度も口を開く。だが、結局何も言う事ができず、唇をぎゅっと噛んだ。
「……どうしたの?」
テレビを見ていた正和さんはこちらを向いて、俺の顔を覗き込む。心配そうに聞いてくる彼と目を合わせられなくて、視線を下に落とすと手を握られた。
「……なにが?」
「うーん、なんか元気ないから?」
そう言って、考える素振りをする正和さん。
「……もしかして昨日帰りが遅かったから怒ってるの?」
「仕事なのにそんな風に思ったりしないし」
「……じゃあ、明日の事まだ疑ってる?」
「ううん」
首を横に振って否定すると、彼は困ったように大きく息を吐く。
(……やっぱり、言えない)
すり寄って、そっと抱きついて、こちらを向いた正和さんの胸に顔を埋める。目を瞑り、深く息を吸い込めば、彼の匂いで満たされて。頭の中がふわふわして不思議な感じがした。
ドキドキと早く脈打っていた胸も、彼の体温に包まれてゆっくりと落ち着く。大好きな正和さんの匂い。とても心地良くて、落ち着く匂い。
「……大好き」
「……本当にどうしちゃったの?」
戸惑った様子で聞きながら、優しく頭や背中を撫でてくる。
(……ごめんなさい)
言い出せなくて、ごめんなさい。悲しませるような事して、ごめんなさい。
抱き締める手にぎゅっと力を入れると、正和さんはクスッと笑って額に口付けた。
「可愛い。……俺も大好きだよ」
いつもなら嬉しいはずの言葉。でも今は、罪悪感でいっぱいで胸が痛くなる。
(……本当に、ごめんなさい)
言い出せない代わりに心の中でたくさん謝って、しばらく正和さんにくっついていた。
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