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第296話

「じゃあまずは買い物行こう」  歩き出した芳文さんの隣に並んで歩く。俺に合わせてゆっくり歩いてくれる彼。常に俺に気を遣ってくれて、優しく接してくれるのは、なんだかとても嬉しい。  だが、こうして芳文さんと外で会うのは、今日で最後にしたくて、控えめに話しかける。 「……あ、あの」 「なーに?」  彼は優しく微笑んでこちらを向く。 「こういう事されるの、困ります」 「ん~」 「約束してないのに、勝手に正和さんに言ったり、学校まで来たり……やめてください」 「ごめんね? ……これからはちゃんと聞いてからにするよ」  眉尻を下げて謝るが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべる。 「でも、そう言いながらも俺についてきてくれるんだね」 「……だって、言っても帰ってくれないし」  帰ろうとすると凄く悲しそうな顔をするし、わざわざ待っててくれた人を置いて帰るのは罪悪感がある。 「ふふ、純くん優しい。……乗って」 「え……?」 「電車だと疲れるでしょ?」  少し歩いた所にある駐車場に着いて、白いスポーツカーの助手席の扉を開けた。 「学校の前に停めてたら怒られちゃった」なんて笑いながら、乗るように促す。 「――――」 「この時間電車混むし、純くんいつも大変そうだからさ」  そう言って扉を持つ手とは反対の手で「どうぞ」と促した。少し躊躇ったが、軽くお礼を言って乗り込むと、爽やかで少し甘い香水の匂いが鼻を掠める。それは芳文さんがいつもつけている香水の匂いで、彼の匂いでいっぱいの車内はドキッとした。  車で少し行った所にあるショッピングセンター。その中に入っている服屋に寄った。  制服であちこち連れまわしたくないと言う芳文さんに、家で着替えてくると言ったが、それは軽く流されて、服を試着させられる。 「うん、いいね」 「――――」  タグを切るように言って、会計を済ませる彼。また脱いで着るのも面倒なので、着たままタグを外してもらい、店を出る。 「あの、えと……ありがとうございます」 「気にしないで、俺が勝手にした事だし」  彼は楽しそうに笑いながら、俺の事をまじまじと見る。なんだかとても恥ずかしい。 「凄く似合ってる。かっこいいね」  そう言って、ニッと笑うと手を繋がれる。触れているのは手だけなのに、心臓がドキドキして落ち着かない。 (今日の俺、変だ……) 「大丈夫?」 「だ、大丈夫です!」  顔も熱いから、頬も赤くなっているかもしれない。俯いて芳文さんから目を逸らす。 「かーわい。大好きだよ」  弱い耳元で囁くように言われると、言葉が直接頭に響いたみたいにゾクッとした。彼はすぐに顔を離したが、耳が熱くてクラクラする。 「純くん他に必要なものある? せっかく来たんだし、あるなら買ってこ?」 「特には……」 「じゃあ何か見たいものは?」 「……ないですね」 「んー、……純くんってドライブ好き?」  芳文さんは少し考える素振りをしたあと、首を傾げて聞いてくる。 「嫌いじゃないです」 「……好きでもない?」 「えっと……景色を見るのは好きです」  そう答えれば、彼はニッコリ笑って、手を繋いだまま歩き出した。

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