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第297話 (芳文視点)

 服を買って駐車場まで歩く。  今は十七時。夕食まであと二時間ある。だが、冬だから暗くなるのも早く、三十分もしない内に真っ暗になるだろう。 (んー、どこ行こう。景色って言っても、もう暗いし……夜景?)  車に乗ってエンジンをかけると、車内には冷たい風が吹く。暖房をかけているのだが、暖かい風が出るのに少し時間がかかる。身を縮こまらせて寒さに耐えている純くん。  ぎゅっと握り締めている手に、そっと自分の手を重ねるとピクリと体を揺らす。 (……可愛い) 「その辺、ぷらーっと回ってくるけど良い?」 「あ、はい。お願いします」  俺との距離を縮めたくないのか、今日はいつもより話し方が固い。だけど、俺のことを凄く意識しているらしく、視線をさまよわせたり、声が震えたり、落ち着かない様子だ。 「エアコン暑くない? 暑かったら言ってね」 「大丈夫です」  いつも聞いてるCDの適当な曲をかけ、ゆっくりと車を発進させる。 (うー、目が乾く。コンタクトとれそう)  普段からドライアイで目がしぱしぱするのに、暖房をかけるとさらに乾くから辛い。その上、少し走らせると窓が曇り始めて見づらくなる。  冬場の運転は本当嫌だな、なんて、少しだけイライラしながら、曇ったフロントガラスにエアコンを向けた。パチパチと数回瞬きをして、コンタクトの違和感を整える。 「……大丈夫ですか?」 「え? ああ、目が乾きやすいからつらくて。でも大丈夫だよ」 (ふふ、純くん優しい)  大したことない一言だけど。それだけで嫌な気持ちは全部なくなって、幸せな気持ちになる。 「喉乾いたら、それ飲んで良いからね。コンビニで買ってきたんだ」  ドリンクホルダーに置いてある緑茶を指差してそう言えば、嬉しそうに笑みを浮かべてくれる。 「ありがとうございます」 (……本当可愛い)  俺を疑いもせず、薬を盛られた事にも気づかない純くん。嫌々言ってるくせに、警戒心なさすぎ。  強引に襲ってくるような相手なのに、何でそんな無防備なの。 (……こんなだから外出も自由にさせてもらえないんだろうなぁ)  兄さんの気持ちがよくわかる。普通警戒してたら飲み物に手をつけないし、体に変化があれば真っ先に俺を疑うだろう。  それなのにただ戸惑うだけで、俺が何かしたかもしれないという考えは微塵もない。まあ、そんなとこも可愛いのだけど。

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