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第298話 (芳文視点)

 薬、と言っても、ストロベリーショコララテに微量の媚薬を混ぜただけだ。ほんの少しだから、ちょっと火照ってドキドキしてくる程度で、性的な効果はあまり期待できないだろう。  でも目的を果たすには、それで十分。  いや、むしろ気づかれない程度の方が良い。  一緒にいてドキドキしていれば、好きだと錯覚しやすくなるんじゃないかな。そんな軽い考えで薬を盛った。  過程がどうであれ、最終的に好きになってもらえればそれで良い。  少し罪悪感はあるが、既に抱いてしまったのだ。兄に感付かれる前に好きになってもらわないと困る。  赤信号で停車中、チラッと横を見ると、する事がないからか、そわそわしている純くんと目が合った。 「純くんって苦手な物とかある?」 「苦手な物って、食べ物とかですか?」 「んー、食べ物もそうだけど、苦手な物とか苦手な事とか」  好きな物はたくさん聞いたけど、苦手な物は知らない気がする。 「えっと……あ、小さい子は苦手です」 「え、子供?  ……なんか意外」 「意外ですか?  嫌いではないですけど、なんかどう接したら良いか分からないし、不思議な行動するんで苦手です……」 「あー確かに。よく分からない行動するよね、子供って」  まあ、俺の場合は子供に限らず、身内と数少ない友達以外の人間は苦手だけど。 「あとは何故か必ず喧嘩になるんで……苦手です」 (小さい子と喧嘩って……)  思わずクスッと笑ってしまったら「笑わないでください」と怒られた。 「……芳文さんは苦手なものとかあるんですか?」 「んー、怒った兄さんとか」 「あ、それは俺も苦手です」 「怖いよね~。本気で怒らせたら何されるか……」 (あ、あそこの公園……景色良かった気がする)  夜景を見るのに一番良い時間帯は逃したが、真っ暗になってから見る夜景も悪くはないはずだ。 「純くん、外寒いけど平気?」 「あ、平気です」  車を停めてエンジンを切る。外に出るとコートを着ていても寒い。 「えっ、あ……」  俺のマフラーを純くんの首にふわりと巻けば、可愛く狼狽える。 「階段上がれる?」 「大丈夫です。っていうか、マフラー」 「寒いでしょ? 純くん使って」 「芳文さんは」 「俺は暖房でのぼせちゃったからへーき」 (嘘。本当は凄く寒い。寒いの苦手だし) 「……ありがとうございます」  お礼を言って、嬉しそうにはにかむ純くん。本当可愛くてたまらない。  右手はコートのポケットに、左手は純くんの手を握って階段を上る。 「わあ……」  手を引いてベンチのある方まで進むと、純くんは目をキラキラとさせた。俺の手を引いて小走り気味で鉄柵に近づく。 「凄いですね!」 「うん、綺麗だね」  よほど嬉しかったのか、俺の手をぎゅっと握ったままだ。

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