304 / 494
第304話
「……そんなに怯えて泣いちゃうくらいの悪い事ってなんだろう」
「っ、ひっく……うぅ、ごめんなさい……」
「おいで。……純、こっち来て」
彼は俺の背中にそっと手を回し、歩くように促した。ベッドの端に並んで腰掛けて、優しく背中をさすりながら宥めてくれる。
「落ち着いて」
落ち着こうと思うのに先程よりも、涙が出てきて嗚咽を漏らす。ぎゅっと抱き締めてくれる正和さんの胸が温かい。
頭を撫でながら「何したの?」と聞いてくる彼。そんなに優しくしないでほしい。罪悪感でいっぱいで、胸が苦しくなる。
震えるのを抑えるように、身を縮めてパジャマのズボンを握り、恐る恐る口を開いて告白をする。小さい声で、だけどはっきりと、自分のしてしまった事を伝えた。
「……浮気、しました……っ」
「え……?」
驚いて目を見開いた正和さん。俺の体をそっと離して、数回瞬きをする。
「ごめんなさいっ……ごめんなさい……」
狼狽える彼から視線を逸らすように俯いて、謝罪の言葉を繰り返す。
「えっと……いや、誰と? そんな時間なかったと思うんだけど」
「っ……」
「そんな嘘つかなくも、お仕置きプレイがしたいならそう言ってくれれば……」
そう言う彼の声は僅かに震えていて、動揺しているのが伺い知れる。いつもより少し早口で、こんなに困惑した顔をする彼は初めて見た。
申し訳なくて声が小さくなる。
「……芳文、さんと」
「は……?」
「芳文さんと、しました」
「……芳文、と……?」
正和さんはそう呟いたきり絶句して、そのまま固まってしまった。
自分の弟と浮気した、と聞いてショックが大きかったのだろう。顔が引きつって青ざめている。
「……ちょっと待ってて」
彼はそう言って徐に立ち上がると、振り返る事もせず部屋を出て行った。パタン、と閉じた扉を見つめて茫然とする。頭の中が焦りと恐怖心でいっぱいになって、息が苦しい。
(どうしよう……どう、しよう……)
このまま言われた通り待つべきなのか、それとも追いかけて謝るべきか。
(……分からない)
寒気がして、手をぎゅっと握り締める。立ち上がる気力もなくて、そのまま彼を待った。
嫌われたら、どうしよう。許してもらえなかったら、どうしよう。
「うっ、っ、ぅぅ、っ」
体が震えて、涙が溢れて止まらない。芳文さんに優しくされて、ちょっとドキドキしてしまった。体も交えてしまった。だけど、望んでした訳ではないし、心が満たされるのは正和さんだけ。
正和さんが好き。
優しく触れてくる指も、意地悪な性格も、全部含めて、正和さんが大好き。
許してほしい、なんて言える立場じゃないけど、嫌われたくない。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!




