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第304話

「……そんなに怯えて泣いちゃうくらいの悪い事ってなんだろう」 「っ、ひっく……うぅ、ごめんなさい……」 「おいで。……純、こっち来て」  彼は俺の背中にそっと手を回し、歩くように促した。ベッドの端に並んで腰掛けて、優しく背中をさすりながら宥めてくれる。 「落ち着いて」  落ち着こうと思うのに先程よりも、涙が出てきて嗚咽を漏らす。ぎゅっと抱き締めてくれる正和さんの胸が温かい。  頭を撫でながら「何したの?」と聞いてくる彼。そんなに優しくしないでほしい。罪悪感でいっぱいで、胸が苦しくなる。  震えるのを抑えるように、身を縮めてパジャマのズボンを握り、恐る恐る口を開いて告白をする。小さい声で、だけどはっきりと、自分のしてしまった事を伝えた。 「……浮気、しました……っ」 「え……?」  驚いて目を見開いた正和さん。俺の体をそっと離して、数回瞬きをする。 「ごめんなさいっ……ごめんなさい……」  狼狽える彼から視線を逸らすように俯いて、謝罪の言葉を繰り返す。 「えっと……いや、誰と? そんな時間なかったと思うんだけど」 「っ……」 「そんな嘘つかなくも、お仕置きプレイがしたいならそう言ってくれれば……」  そう言う彼の声は僅かに震えていて、動揺しているのが伺い知れる。いつもより少し早口で、こんなに困惑した顔をする彼は初めて見た。  申し訳なくて声が小さくなる。 「……芳文、さんと」 「は……?」 「芳文さんと、しました」 「……芳文、と……?」  正和さんはそう呟いたきり絶句して、そのまま固まってしまった。  自分の弟と浮気した、と聞いてショックが大きかったのだろう。顔が引きつって青ざめている。 「……ちょっと待ってて」  彼はそう言って徐に立ち上がると、振り返る事もせず部屋を出て行った。パタン、と閉じた扉を見つめて茫然とする。頭の中が焦りと恐怖心でいっぱいになって、息が苦しい。 (どうしよう……どう、しよう……)  このまま言われた通り待つべきなのか、それとも追いかけて謝るべきか。 (……分からない)  寒気がして、手をぎゅっと握り締める。立ち上がる気力もなくて、そのまま彼を待った。  嫌われたら、どうしよう。許してもらえなかったら、どうしよう。 「うっ、っ、ぅぅ、っ」  体が震えて、涙が溢れて止まらない。芳文さんに優しくされて、ちょっとドキドキしてしまった。体も交えてしまった。だけど、望んでした訳ではないし、心が満たされるのは正和さんだけ。 正和さんが好き。  優しく触れてくる指も、意地悪な性格も、全部含めて、正和さんが大好き。  許してほしい、なんて言える立場じゃないけど、嫌われたくない。

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