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第306話

 正和さんが部屋から出て行って十五分。もう戻ってこないんじゃないか、と思ったら不安で涙が止まらない。  彼の言った「ちょっと」とはどれくらいの事を指しているのだろう。もう少し待てば戻って来てくれるのだろうか。 「っう、っ……ひっく、っ……」  どこへ行ったのか。何故出て行ってしまったのか。考えれば考える程、悪い方向に意識がいってしまう。 (怒って出て行った? それとも呆れて? ……嫌われた?)  もっと早く、正和さんに言っていれば。キスされた時点で彼に打ち明けていれば、きっとこうはならなかったはずだ。  はっきりとした態度で拒絶していれば。ちゃんと警戒していれば、正和さんを傷つける事もなかった。  流されてしまった俺が悪い。俺が悪い……けど、浮気したくてしたわけじゃない。信じてもらえないかもしれないけど、正和さんが大好きで、ずっと一緒にいたいのは彼だけだ。 (……どうしたらいい?) 「待たせてごめんね」  扉が突然開いて、肩がビクッと揺れた。聞こえてきた優しい声音に、胸がぎゅーっとなって、目頭が熱くなる。彼が来てくれた事に驚いてか、それとも安堵からか、涙がボロボロ零れた。 「ぅっ、っ、ごめ、なさぃ」 「……泣きやんで。ちゃんと話しよう」  そう言って、俺の隣に腰掛けると背中をさすってくれる。だが、色々な感情が()()ぜになって、興奮しているせいで泣きやもうと思ってもなかなか泣きやめない。  しゃくり上げて嗚咽を漏らす俺を見て、彼は短くため息を零した。 「ねえ、泣かれると凄いイラつくんだけど」 「っ、ぅ」 「……泣き止んで」  彼の少し冷たい声に息を詰めて、服の袖で口元を押さえ必死に心を落ち着ける。目元をごしごし拭って、数回瞬きすれば少しだけ落ち着いて涙も止まった。息を深く吸って泣かないように気持ちを整える。  彼は少し躊躇った様子で口を開いた。 「……浮気したって本当?」 「ほんと、です」  手をぎゅっと握り、震える喉を叱咤して声を絞り出す。 「……何でしたの?」 「わかんない、気づいたら……」 「は?」 「いや、スキンシップ激しいなって思ってたけど……、気付いたらキス、されてて……」  顔を直視することができず胸元見ていたが、視界の端で彼の眉がピクリと動いたのが分かった。 「それで? どこまでしたの? 芳文と……セックスした?」 「っ……」 「……どんな風に抱かれた? 純から誘ったの?」 「違っ……」 「まさか……抱いたの?」  頭をふるふると横に振って否定する。次から次へと投げかけられる質問に頭の中が混乱して、うまく答えることができない。

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