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第307話
「……ねえ、芳文のどこに惹かれた?」
「ちが、う」
「何が違うの?」
冷たい目で見下ろしてくる彼。再び泣き出しそうになって、唇を噛んだ。泣かないように鼻からゆっくり息を吸って気持ちを落ち着ける。
「芳文、優しいもんね? 優しくしてくれるから好きになっちゃった?」
「そんなことっ……! 優しくて……たしかにドキドキはしたけど、俺は――」
「本当のこと言って良いよ。俺のこと嫌いになった?」
「ち、違っ、……お願い、話を……きいて」
震える声で懇願すれば、彼は目をスーッと細めて口を噤んだ。バクバクと、痛いくらいに鼓動が鳴り響いて、悪寒がする。
「おれは……したくてしたわけじゃ……」
芳文さんにキスされた事、口説かれていた事、デートした時の事、体を交えてしまった事。ぽつり、ぽつり、と思いつくまま全てを話した。
彼は変わらず冷たい目で俺の事を見下ろしている。浮気したと聞いて、すぐには許せないだろう。それは分かっている。だが、大好きな彼に突き放した目で見られるのは耐えられない。
「嫌な思いさせて……傷つけるような事して、ごめんなさい」
「……それで? 純はどうしたいわけ?」
「ほんと、こんなつもりじゃ……っ、おれ、芳文さんに、会いたくない……うっ、ぅう……も、やだ」
消え入るような小さな声、口から漏れた本心は抑えきれない嗚咽によって掻き消えた。ずっと堪えていた涙が零れ落ち、後を追うように次から次へと大粒の雫が頬を伝う。
胸がズキズキ痛んで、息が詰まったように苦しい。
もう涙を止める事なんてできなかった。
「……俺、浮気は許さないって言ったよね」
確認するように静かにそう尋ねる彼が怖い。
「っ、っうぅ……ごめ、なさいぃ」
(ごめんなさい。ごめんなさい。本当に、ごめんなさい)
溢れ出した感情が涙となって、とめどなく流れ続ける。
してしまった行為が情けなくて、これからどうなるのか怖くて、彼と目を合わせる事ができない。
嗚咽を漏らし肩を震わせ、幼い子供のように泣きじゃくる。
「……俺に話したら、嫌われるとは思わなかった?」
「っぅ、おもっ、た……」
「……なのに、何で話してくれたの? 嫌われたかった?」
「違う! すき、だから……正和さんが大好きだから……これ以上、裏切るようなこと、したくなくて……っ」
「――――」
「嫌われたい、なんて……そんなの一度も……っ、言うの怖くて……正和さんが大好きで……」
自分でも何を言っているのかよく分からなかった。頭の中がぐちゃぐちゃで、考える事ができなくて、うまく伝える事ができない。
だが、たどたどしく必死に告げた彼への思いは全部本当の気持ちだ。
「……そっか。ごめんね、ちょっと意地悪言ったね」
幾分か優しくなった声音に、恐る恐る顔を上げる。
しかし、彼は先程と変わらず冷たい目で見下ろしていて、その目をスーッと細めた。心の内を全て見透かすような彼の視線。軽蔑するような冷たい目に背筋がゾクッとする。
「でも、どうしようか」
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