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第308話
静かにそう言って前髪を後ろへかき上げる。小さくため息をついた彼の表情から、心の内まで窺う事はできない。
これからどうすれば良いんだろう。
(もし自分がされたら……?)
彼が凄く嫌な気持ちだということはわかる。でもどうしたら許せるか、と考えてみても答えは出ない。
「許して、ください……何でもするから、っ」
「――――」
震えて小さくなった声で許しを請うが、彼は無言のまま、目をスッと細めた。
重い空気に耐えきれず、無意識に視線を逸らす。彼が何を考えているのか全く見当がつかなくて怖い。嫌われたくない。
見開いた瞳から涙が零れ落ち、ポタポタとシーツを濡らす。
「ひっく……ごめん、なさい……」
縋るように彼のシャツを掴もうとして、でもそんな勇気はなくて。震える指先でベッドシーツをぎゅっと握る。
(どうしたら……いいんだろう)
再び顔を上げれば、正和さんの蔑むような瞳と自分の視線が絡む。情など微塵も感じさせない冷たい眼差しに、息が詰まって胸がじくじくと痛んだ。
「おね、がい……すてない、で……」
思わず出た言葉。大好きな正和さんに見捨てられる恐怖から、気づいたら口にしていた。
静まり返った部屋には大きくさえ感じられるその声は、彼の耳にも届いているだろう。しかし、彼は黙ったままで、俺から目を逸らして足を組む。大きなため息をついて腕も組むと、苛立ちを表すかのように指先でトントンと腕を叩きながら眉を顰めた。
「――――」
彼にこんな冷たい態度をとられるのは耐えられなくて、唇をぐっと噛んで俯く。これからどうなるのか怖い。不安で不安で胸がドキドキして指先が震える。呼吸が浅くなり、体温が遠のいていく気がした。
泣きすぎたせいか頭もガンガンと痛くて、視界が暗く霞む。
「……何でもって? 純に何ができるの?」
突然の問いに心臓がドクンと跳ねる。頭が真っ白で言葉が出てこない。
「なに、って……言われても……」
(何も……できない。何をすれば良い? どうすれば許してくれる?)
先程からずっと同じ事を考えているが、焦りと不安でいっぱいの頭では全く浮かばなかった。
「俺が、できることなら……何でも」
そう答える事しかできなくて、下唇をぎゅっと噛む。何もできない自分が情けない。
彼はこちらをチラッと見た後、ゆっくりと目を伏せる。何かを考えている様子で、鼻から深く息を吐いて、額に手を当てた。そのまま前髪をかき上げて、髪を梳くように後ろへ回した手を首に置く。
彼はゆっくり瞼を開くと、困っているような微妙な表情を浮かべて、一点をぼーっと見つめた。
ドキドキして震える胸を押さえ、彼の言葉を待つ。怖いという感情は麻痺したように薄れてきて、頭が痺れているような変な感じがする。
正和さんは何度目か分からない大きなため息をつくと、徐に口を開いた。
「本当に、何でもする?」
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