309 / 494

第309話

 視線は逸らしたまま、酷く冷淡な口調で問いかけてくる彼。思わず体がピクリと震える。 「っ……なんでも、する」  こくこく、と首を縦に振り、縋るような声を上げれば、少しの間があって「なんでも、ね」と、俺の言葉を反芻した。  何をさせられるのか怖いが、許してもらえるなら何でもする。この気持ちに嘘はない。 「……わかった」  そう言って、彼はようやくこちらを向く。 「でも今回のことは許せるかどうか分からない。ちょっと考えさせて」 「っ……」  心臓がズキズキする。どうすれば良かったのかわからなくて、涙がポロポロ零れた。鼻をヒクヒクと震えさせて、しゃくり上げる。 「……純から全部話してくれたから許してあげようとは思うけど、すぐには許せないよ」  そう言って、組んでいた脚を下ろす。 「……それ、って」 (つまり……?)  すぐには、と言うことは、いずれ許してくれるんだろうか。 「うん、とりあえず許すよ。でも次はないし、完全に許した訳じゃないから」  厳しい口調でそう言って、彼は言葉を続ける。 「あまり俺のこと怒らせないでね」  冷たい声音と鋭い視線に、ゾクッとして背筋が凍る。 「まさ、かずさん……」 「返事は?」 「はいっ……二度と、しません」  彼は変わらず冷たい声で「おいで」と言って手を伸ばす。反射的にビクッと震えた肩をそっと抱き寄せて、俺の頭に手をおいた。ポンポンと宥めるように撫でて、濡れた頬を指で優しく拭ってくれる。 「……ちゃんと話してくれてありがとう」  彼の声は変わらず冷たいけれど、触れてくる指は優しくて温かい。少しだけ緊張も解けて、体の力が抜ける。  しかし、安堵したのも束の間。 「……でも悪いけど、今日は自分の部屋で寝れる?」 「っ……はい、ごめんなさい」  まるで突き放されたような心細さを覚えるが、素直に頷いて彼に従う。 「ごめんね。ちょっと一人にさせて」  そう言った声音は先程よりもずいぶんと優しい。背中に手を回したまま、ゆっくり立って、扉まで送ってくれる。 「おやすみ」 「……おやすみなさい」  パタリ、と閉じた扉をしばらく見つめて、涙をこらえるように唇をぎゅっと噛んだ。  大丈夫、大丈夫、と何度も自分に言い聞かせて、とぼとぼと廊下を歩き出す。  室内は暖房がかかっているから暖かいはずなのに、なんだか凄く寒く感じた。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!