312 / 494
第312話 (正和視点)
「キス……されたこと、正和さんに言うの怖くて……どうしたらいいかわからないうちに、流されて、こんな……」
声が小さくなっていく純の顔を覗き込んで、目を合わせる。
「……優しくてドキドキしたって言ってたよね。それは?」
一番知りたいけれど、何よりも聞きたくないこと。でも聞いておかないとずっとモヤモヤするだろうから、意を決して聞いた。
「怒らないから教えて。……たぶん俺にもダメなとこがあったんだよね?」
怒らないように、自分の感情を落ち着けるように。静かに問いただすと、純は目を伏せて唇を噛んだ。何度も噛み締めているせいか、下唇は赤く腫れて痛々しい。
純の顎を撫でて親指で軽く下に引いて、噛むのをやめさせる。
「純、教えて?」
下を向いている純の顔をクイッとこちらに向ければ、息を詰めて瞳を揺らした。その瞳を捕らえるように、ジッと見つめる。再び促そうと口を開くと、純も震える唇をゆっくり開いて話し始めた。
「デート、したりとか……正和さんとあまりしてないから、なんか楽しくて」
ぽつり、ぽつり、と語り始めた純の言葉にギリリと歯噛みする。自分以外の男と楽しくデートしたと聞いて、冷静でいられるはずがない。胸がザワザワとする。
「好きとかじゃないけど、趣味も合うし嬉しくて」
「――――」
「正和さん意地悪ばかりするから……優しくされて……、ドキドキ、して」
純の背中に回した手をぎゅっと握り締めてこらえる。そうしないと心の内に渦巻くドロドロとした感情が口を衝いて出そうだった。
(意地悪……)
心当たりがないわけではないが、酷い事をした覚えもない。そんなに優しくなかっただろうか。ゆっくり目を閉じて、純の言葉を整理する。
「ご、ごめんなさい! だからって……浮気なんてして良いわけ、ないのに……」
「――――それで? 芳文と浮気してどうだった?」
「え……どう、って、おれは、早く芳文さんと離れたくて……」
「何で戻ってきてくれたの?」
そう問えば、純はゴクリと喉を鳴らして顔を上げた。
「そんなの……正和さんのこと大好きだから、ずっと一緒にいたくて……! この先ずっと一緒にいたいのは正和さんだけで……っ」
感情が昂っているのか、純は声を荒らげて、俺のパジャマの胸元をギュッと掴む。だが、すぐに我に返ったのか、声は次第に小さくなり。再び唇を噛んで、手の力をそっと抜いた。
「――そっか」
同じ事を何度も繰り返していて、要領を得ない答えだが、純の真摯な思いは伝わってくる。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!




