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第313話 (正和視点)
「っ、正和さん」
「うん、わかった。……とりあえず今日は寝ようか。明日は芳文もくるし」
「っ……」
「おやすみ」
照明を落として、いつものように優しく抱き締めてやる。本当はそんな気分にもなれないが、あまりにも怯えた様子で、触れた肌から激しい動悸も伝わってくるから、放っておけなかった。
程なくして、泣き疲れたのか穏やかな寝息が聞こえてくる。純の首からそっと腕を抜けば、ピクリと身動いだ。もぞもぞと掛け布団を引っ張っているが、起きる気配はない。
「はぁ……」
コンタクトレンズを外してゴミ箱に放り、純から少し離れて仰向けになる。眠れそうもないが、眠らなければ。頭が回らなければ、話し合いもまともにできない。
「あー……」
意味もなく声をあげて目を瞑る。寝ようと思うのに、余計なことばかり考えてしまって。なかなか寝付くことができない。
「ん……」
十分くらい経っただろうか。純がピタッとくっついてきて、思わず眉間にシワを寄せる。今はあまり近くにいたくない。
背を向けようと寝返りを打とうとするが、聞こえてきた声に思わず動きを止めた。
「……めんな、さい」
夢の中でまで謝罪の言葉を口にする純の健気さに、心苦しいような何とも言えない気持ちがこみ上げる。頭では許してあげたいと思うのに、怒りが沸々とわいてきて、弟とした事を許せない。
スルッと髪を梳くと、純は眉を顰めた。瞼にもキュッと力が入り、一粒の涙が目尻から零れ落ち、こめかみを伝って髪を濡らす。
起こさないように、親指で優しく涙を拭って、掛け布団を整えてやれば、純の体から力が抜けた。
あくびをして再び目を閉じる。しばらくすると、徐々に意識が霞んでいって、いつの間にか眠りについていた。
* * *
心臓がバクバクして目が覚めた。外はまだ薄暗い。背中には汗をびっしょりかいていて、シャツは冷たくなっていた。
チラッと時計のある方へ目を向けるが、視界がぼやけていてよく見えない。スッと目を凝らして見れば、四時半を示しているのがかろうじてわかる。
眠りについてからまだ一時間しか経っていないが、完全に目が覚めてしまった。これ以上眠るのは無理だと早々に諦め、スヤスヤ眠る純を一瞥し、ベッドを下りる。
廊下に出ればヒンヤリと冷たい空気が体を取り巻いた。部屋の扉をそーっと閉めて、考え事をしながら静かな廊下を歩く。
(何で……。俺の優しさが足りなかった? 芳文とのデートはそんなに楽しかった? ……だからって浮気はだめだよね。純が……悪いよね)
芳文にはなんと言おう。話し合いとはいえ、純と芳文をまた会わせるのかと思ったら気が滅入る。
はあ、と大きなため息をついて、今日の分の仕事を終わらせる事にした。
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