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第324話

「いつまで寝てんの」  聞こえてきた低い声音に、冷や汗をかいて目を開ける。 「っ……ごめんな、さい」 「……ご飯できてるよ。降りてきな」  そう言って部屋を出て行った正和さんは、口調も態度も明らかに怒っていた。顔を合わせるのが怖い。だが、早く行かないと彼をもっと怒らせてしまいそうで、ゴクリと喉を鳴らして慌ててベッドを抜け出す。  服を着てリビングに行くと、パンを焼く良い匂いがするが、あまり食欲はない。 「今トースト用意してるから、顔くらい洗ってきたら?」  小さな声で返事をして、トイレに行った後、洗面所で顔を洗った。すると、完全に目が覚めて、昨日の事を鮮明に思い出す。  途中で意識を失ってしまったが、芳文さんはもう帰ったのだろうか。あの後どうなったのか気になるが、彼に尋ねる勇気はない。 「いただきます」 (……苦い)  彼の作る食事はいつも美味しいのに、今日のウインナーは少し焦げているし、スクランブルエッグは甘すぎる。彼のも同じように少し焦げているから、嫌がらせ、という訳ではないのだろう。こんな簡単な料理さえ失敗してしまう程、彼を傷つけ動揺させてしまったのは本当に申し訳ない。  朝食を食べ終えて彼が食器を洗う間、落ち着かなくてリビングをうろうろしていたら、戻ってきた彼に呼ばれた。 「おいで」  冷たい顔でそう言った彼の後をついて行くと、壁一面が鏡張り部屋――通称お仕置き部屋――に通される。俺が部屋に入った後、カチャリと鍵を閉める音が響いて、背筋がぞくりと震えた。  そして、振り返った彼に左手を掴まれる。 「これは没収。純に必要なのは指輪じゃなくて首輪だ」  指輪をするりと外されて、鍵付きの赤い首輪をつけられる。宝石のようなキラキラとした飾りが散りばめられたそれは、見ようによってはお洒落に見えなくもないが、やはり違和感がある。 「服も脱ぎな。性奴隷には必要ないでしょ?」 「っ……」  軽く首を傾げてそう言った正和さんの言葉に胸がズキッと痛むが、彼の言う通りに服を脱いで、ベッドに腰掛けた彼の前に座った。この部屋は絨毯が敷かれていないから、床が冷たくてぶるりと身震いする。 「……考えたんだけどさ。ちょっと、今まで甘くしすぎたよね」  彼は脚を組んで身を屈めると、俺の顎をクイッと掬い上げて、顔をじっと見つめる。 「新しいルールを言うからちゃんと聴いて」  そう言った彼はいつも通りの穏やかな口調で声音も優しい。だけど、目をスーッと細めた彼に、何を言われるのかドキドキして、手をぎゅっと握り締めた。 「純は今日からお小遣いなし。遊びも禁止。門限は四時、一秒でも遅れるのは許さない。それから、家にいる時はその格好ね。……言うまでもないけど、次浮気なんてしたら絶対許さないから。分かった?」 「……でも」 「でも、じゃない。はい、でしょう?」 「っ……はい、わかり、ました。……だけど」 「何」  途端に冷たくなる彼の声音におずおずと口を開く。 「い、委員会とかで遅れる時とか……」 「わかった段階で連絡する事。もし嘘ついたら、どうなるか……ちゃんと考えて行動してね」 「つ、つかないよ! 嘘なんてつかない」  疑うような、呆れたような、なんとも言えない彼の表情に、首を左右に振って慌てて否定する。 「正和さ――、っ」  しかし、唇に人差し指をぴとりと当てられて、発言は途中で封じられた。 「様」 「え……?」 「純は性奴隷なんだから、俺の事は様付けで、ね?」

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