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第329話

 靴を履いた彼は玄関の鍵を開けて、そのまま扉も開けた。普通に外に出ようとする彼に戸惑って、抵抗するように立ち止まれば、彼はこちらを振り返る。 「じゅーん。……お散歩、いこう?」 「っ……」  念を押すように言われてしまえば、俺に逆らう術などなかった。唇をぎゅっと噛んで俯き、恐る恐る外に出てみると、冷たい風が刺すように肌を撫でていく。外は凍えるように寒くて、内側から震えるような感覚に、身を縮めてゆっくり段差を下りた。歯をガチガチ鳴らして鼻をすする。 (寒い寒い寒い)  それもそのはず、今の季節は二月上旬で、冬真っ只中だ。今日は天気が良いものの、雪がチラつく日さえある。裸で外に出て、寒くないわけがなかった。  厳しい寒さですっかり色褪せた芝生の上に、手と足を下ろせば、ひんやりと芯から冷えるような心地がして身震いする。くしゅん、とくしゃみを一つすれば、正和さんの大きな手が宥めるように俺の頭を撫でた。 「ちょっと寒いね。大丈夫?」  酷い事をしているのは彼なのに、労るような優しい声音で言われると、どうしようもなく愛おしい気持ちが湧いてくるのだから困ったものだ。『大丈夫? 』なんて聞いておきながら、俺が首を横に振っても聞き入れてくれる気はないくせに。ずるい。 「おいで」  サクサクと音を立てて歩く彼の後ろをついて行く。膝や手の平に当たる芝がチクチクして、ほんの少し痛い。その上、ボールの中に入った液体が揺れると、振動しているような変な感覚に苛まれ、体をくねらせずにはいられなかった。 「っ、はぁっ」  そして、彼が歩いていく方には木々を挟んで、一メートル程下りた所に道路がある。一メートルと言っても、なだらかな坂になっているので、下りることも容易(たやす)い。  まさか、そのまま敷地外へ出るのでは……と思ったら、怖くてその場に止まる。そうすれば、正和さんが握っていたリードがピンッと張って、彼もまた歩みを止めた。 「純?」  首をふるふると横に振って抵抗の姿勢を見せれば、彼は目をスーッと細めて、こちらへ戻ってくる。そして、彼の足はそのまま俺の右手を踏みつけた。 「っ、痛……!」 「……純はお散歩嫌い?」 「ぁ、ぅ……足離し、っ」  手を引き抜こうとすれば、さらにグリッと力を込められて、声にならない悲鳴をあげる。 「純のこと、このまま捨ててきても良いけどどうする?」

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