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第330話
彼の声音は変わらず優しいが、目だけはとても冷酷で、本気なんだと悟った。恐怖におののいて啜り泣きながら、縋るような声で許しを請う。
「ぁっ、や、だ……ごめん、なさい、言うこときく、きくからっ」
彼は足をパッと離すと、その場にゆっくりしゃがんで、リードをクイッと引っ張った。反対の手で俺の顎を掴むと、射抜くような瞳でじっと俺の目を見つめて口を開く。
「俺の言うこと、何でも聞く約束だよね?」
「は、い」
釘を刺すように言う彼に、涙をポロリと零して、震えながら答えれば、彼は顎から手を離して先程踏まれた方の手をとった。ビクッと震えた俺をよそに、優しくその手を撫でさする。芝と土を払うように手の甲全体を撫でた後、手を握って少し赤くなった所を親指でそっとなぞった。
「ごめんね。痛かったね」
冷えた俺の手に、彼の熱がじんわりと移って少しむず痒い。踏まれた所だけは熱をもって、じんじんと少し痛む。
「じゃあ、行こっか」
彼は手を離して立ち上がると、リードを握ったまま再び歩き出した。先ほどと同じように敷地外へ向かって歩いて行く彼に、震えながらついて行く。ドクドクと早くなる心臓に、耳の奥まで鼓動が響いて少し気分が悪い。
誰かに顔を見られたら嫌で、隠れるように俯いて、できるだけ腕を前に出して歩く。
「純。おいで」
聞こえてきた声に顔を上げれば、彼は白いベンチに座って手を広げていた。ベンチの後ろ側は三メートル程で公道で、ヒヤヒヤしながら正和さんのもとへ行く。近くまで行けば、寒さに震えていた俺を温めるように腕で優しく包み込んで、頭をよしよしと撫でられた。
彼の体温に包まれて、ふと気付いたことがある。真冬で、外は凍えるように寒いというのに、彼はコートを着ておらず、それどころか薄手の長袖シャツ一枚で腕まくりをしていた。そんな格好では寒いだろうに、こんな時でも俺と同じ立場に立とうとする彼を見たら、酷い事をされても嫌いになる事なんてできなかった。
いつもそうだ。罰を与える時だって冷静で、鞭だって自分の身体の一部で軽く試してから俺に使っているのを知っている。
途端に愛おしい気持ちが溢れてきて、彼にぎゅっとしがみつけば、彼は少し嬉しそうに微笑んだ。
「すき……」
「うん。……寒いしそろそろ帰ろうか」
しばらくして地面に下ろされると、後孔からトロリと何かが零れ出る。
「ぁっ……」
その感触に顔を顰めて背を仰け反らせれば、正和さんが不思議そうな顔でこちらを覗いた。
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