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第339話

 そんな食事がしばらく続けば、大して食べていなくても気持ちが悪くなってくる。 「ふっ、ぅ……ごめん、なさい」  何に対してなのか、思わずこぼれた謝罪の言葉。それを聞いた彼は、小さくため息をついて箸を置く。 「……美味しかったね。そろそろ帰ろうか」  ようやく帰れる、そう思ったら、安心して体から力が抜けた。玩具のスイッチもいつの間にか切られていて、体をゆっくり起こす。 「純、服着て」  タオルで軽く体を拭かれた後は、先ほど着ていた服を渡された。正和さんは既にコートを羽織っていて、すぐにでも外へ出ていきそうだ。俺も慌てて服を着て立ち上がる。   会計を済ませてしばらくすると、運転代行業者が店に顔を出し、その人と共に駐車場へ向かった。運転席には業者の男性が、その隣、助手席には正和さんが座ったので、俺は後部座席に乗り込む。 「途中寄りたい所があるんだけど大丈夫?」 「えっと、そうしますと料金が……」 「ああ、それは構わないよ。お願いできる?」 「かしこまりました」  彼と運転手が話をしているが、頭がぼーっとしていて何を話しているのかほとんど耳に入ってこない。背もたれにぐったり身を預けて、中の玩具が敏感な所に触れないよう体勢を整える。  しばらく車を走らせた後、正和さんが降りて、ドアが開けられた。 「降りて」 「ついた……?」  暗くてよく見えないが、家の近くでないことは確かだ。 「おいで」  先を歩く正和さんについて行き、見覚えのある階段を上る。ここはいつの日か、芳文さんとドライブで来た場所だった。彼はどういうつもりでここへ連れてきたのだろう。 「……はぁっ、はぁっ」  歩くのが早い彼に必死でついて行けば、息が上がってクラクラしてくる。普段なら大したことない階段だが、彼に散々いじめられて、玩具の入ったままの身体では苛酷だった。手すりに掴まって覚束ない足取りで、一段一段頑張って上る。  すると突然、手すりに掴まっていた俺の手に、彼の手がするりと重ねられて、手をぎゅっと繋がれる。 「っ……」  驚いて顔を上げると、正和さんは無表情で、こちらをじっと見ていた。しかし、それも一瞬で、彼は後ろを向くと再び歩き出す。先ほどと違って、ゆっくり歩く彼は、俺の歩く速さに合わせてくれているのだろう。そんな彼の手をきゅっと握り返して、上までのぼった。冷たい風がビューーっと頬を撫でていき、反射的に身震いする。

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