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第343話

「いや、まあ、答えたくないならいいけどさ、あんま無理すんなよ。なんかあったら相談乗るからさ」 「……うん、ありがとう」  彼の優しさに罪悪感を覚え胸がちりりと痛むが、お礼を言って教室に入る。席に着くと同時にチャイムが鳴り、教師が教壇に立った。挨拶を済ませて出欠確認が終わると、いつも通りの授業が始まる。  板書こそするものの、体中が痛む上に睡眠不足でぼんやりしていて、先生の話はあまり頭に入ってこない。 「ふぁ……」  そんな状況だから無意識に欠伸をしてしまい、先生がこちらを向く。慌てて、真面目に授業を受けている(てい)を繕えば、先生は軽く咳払いして、他の生徒はクスクス笑った。それでもなお、頭が冴えない。 (……これからどうなるんだろう)  昨日は散々な一日だったが、今朝は朝食もお弁当もいつも通り作ってくれて、カイロまで用意してくれた。車で送ってくれた時も、しばらく前に暖房をかけておいのか、とても暖かかった。言葉には棘があるものの、端々に感じる彼の優しさに、ますます自責の念にかられ、どうしようもなく息苦しくなってくる。  許してくれる気がないなら優しくしないで欲しい、と言うのはあまりにも我儘だが、これなら酷く扱われた方がましだ。そんな風に大切に扱われると、どんなに酷い罰を受けても、彼を嫌いになんてなれないし、罪悪感で心が押し潰されそうになる。  だが、すべては自業自得なのだ。正和さんという大切な恋人がいながら、(うつつ)を抜かした自分が悪い。それも、よりにもよって、彼の弟とそんな事をしてしまうなんて、彼の心がどれだけ傷ついたのか計り知れない。 (……どうしたら正和さんの気持ちが楽になるんだろう)  彼に対する最低の裏切り行為をした俺が、彼にできることなんてあるのだろうか。彼から言い渡されたルールを遵守する事と、彼の言う通りにする事くらいしか思いつかない。  少しでも彼を安心させられるように、携帯電話も彼に預けた方がいいだろうか。  そんなことを考えていたら、あっという間に四時間目の授業は終わっていた。  * * * 「はぁ、はぁ……っ」  どうも五時間目の途中から調子が悪い。寝不足のせいかとも思ったが、原因はお昼の弁当のような気がしてきた。無性に喉が渇くし、スラックス越しでもそこが勃っているのがわかる。  この症状には覚えがあって、弁当に薬を盛られたのだと悟った。徐々に熱くなってくる体に不安を覚えながら、なんとか全ての授業を受け終えて、足早に帰路に就く。  家の玄関扉を見たら気が緩んだのか、体から力が抜けて、扉の前で腰が抜けた。バサッと鞄が地面に落ち、チャックの金具が扉にぶつかって音を立てる。 「おかえり。そんなとこで座ってないで中入ったら?」  カチャリと扉が開いて、正和さんに声を掛けられる。地面に手をついてゆっくり体を起こすが、足がぶるぶる震えてうまく歩けない。そんな俺を見兼ねたのか、正和さんは俺の腰に手を回して中まで付き添ってくれた。  しかし、彼は扉を閉めて鍵をかけると、さっさと靴を脱いで廊下を歩いていってしまう。

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