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第347話
* * *
「あの……おかあさ――」
「誠一 、ちょっとお留守番しててくれるかしら? この子送ってきたら、一緒に遊びましょうね」
僕の言葉を無視するように、お母さんは兄ちゃんに話し掛ける。
「俺は純くんと一緒でも――」
「誠一。送ってくるからお留守番しててね」
「……わかった」
「行くわよ」
ようやくこちらを向いたかと思えば、冷たい声音でそう言われ、貼り付けたような笑みを浮かべるお母さんに手を引かれて外に出た。扉を開ければ、近所の人の好奇の視線が痛いくらいに注がれて、思わず俯いてしまう。
(みんな、こわい。おかあさんのとこ、かえりたい)
『愛人の子なんだって』
『へぇ、そーなの。二人とも?』
『長男は奥さんの子らしいんだけど、下の――』
『しっ、出てきたわ』
『ほらあの子よ』
『二歳くらいかしら。あの子も奥さんが育てるの?』
『そうみたい、虐待とかなければ良いけど』
小さいながらに、その話が自分のことであるのはなんとなく察しがついた。どうやらお父さんがよくない事をして、僕と僕の本当のお母さんは嫌われているらしいことは知ったが、何故ここまで嫌われているのか僕にはわからない。
「俯いてないでシャキッとしなさい。皆にいろいろ言われるわ」
「はい……ごめん、なさい」
本当のお母さんは病気で他界し、新しいお母さんができて、八九日経った。大好きだった優しいお母さんがいなくなって胸にぽっかり穴が空いたような気分だったが、今までなかなか会えなかったお父さんとも何故か一緒に暮らせるようになり、それは少し楽しみだった。
しかし、一緒に暮らし始めたら、お父さんは前とは別人のように冷たい態度をとるようになり、新しくできた兄ちゃんとばかり仲良くしていて、新しいお母さんも僕のことを嫌っているのがすぐにわかった。
お母さんが出かけている間はお父さんも兄ちゃんも優しく接してくれたが、小学校に入学する頃には、俺は家族とほとんど話さなくなっていた。
その頃になるとお母さんも前ほど冷たい態度をとらなくなり、適度な距離を置いて適度な関係を保っていたが、胸にぽっかり空いた穴は埋まることがなく、時折じくじく痛んで涙を零すことも多々あった。
「あの……」
「何かしら」
「えっと、授業参観の手紙をもらって……その……」
「ごめんなさいね、その日は誠一も授業参観だから行けないわ」
「……うん。手紙……捨てておくね」
わかっていた、そんなこと。でも少し期待したんだ。
テストで全教科満点をとったし、図工で作った作品や作文で賞もとった。苦手だった算数も頑張って、そろばんもできるようになった。頑張ればいつか母さんもこっちをむいてくれるんじゃないか、って期待してた。
だけど、現実はそう上手くいかないものだ。
(……死にたい)
たまに、本当は母が違う人だったような気がして、思い出そうとする。だが、顔や遊んだ記憶は浮かぶのに、どうして昔の母と今の母が違うのかまでは思い出せなくて、大きくなるにつれ、そのことさえ忘れていった。
頑張って勉強してきた甲斐あって、高校受験は楽に突破できた。私立どころか、高校自体行かせてもらえるのか不安だったが、そこは見栄なのか世間体を考えてのことなのか、当然のように受験させてもらえた。都内屈指の進学校に受かった時は、母さんも少し嬉しそうにしていたのを今でも覚えている。
「ただいまー」
(あれ? 誰もいない)
バイトから帰宅して誰もいないことを不思議に思いつつ、いつも通りご飯を食べて、お風呂に入って眠った。翌日、来客を知らせるチャイムとドンドンドンと強く扉を叩く音で目を覚ます。
(俺、これ知ってる……このあと取り立てのおじさんが来て――)
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