348 / 494

第348話

* * * 「っ!!」  ドッ、ドッ、ドッ、と激しく脈打つ心臓の音に、目をパチリと開けて、荒い呼吸を繰り返す。喉をごくりと鳴らして、大きく深呼吸すれば、ぶわっと吹き出していた冷や汗も治まった。 「純……!」 (ここはどこ……?)  心配そうにしていた彼が俺の手をぎゅっと握ったまま立ち上がり、そっと俺の額を撫でる。白い天井に、いつもより寝心地の悪いベッド、小さめのソファーと棚付のデスクの上には小さなテレビ。腕には点滴が繋がれていて、病院の個室だろうという事が推測できた。 「あ、動かないで」 「……トイレ行きたい。おしっこ出そう」 「ん? 導尿してあるよ」 「え……」  それでもトイレに行きたい感じがするのは、尿道に管が刺さっているからなのだろうか。どれくらい意識を失っていたのだろう。 「うっ――」 「っ、吐く?」  彼はバケツのようなものを俺の前に持ってくると、背中を優しくさすってくれた。そのまま軽く戻すと、何やら口から黒い液体が出てきてぎょっとする。 「なに……これ……」 「炭だよ。胃洗浄したからね」 「胃洗、浄?」 「……うん。中毒おこしてたから」 「そっか……」  気まずい空気になるが、彼はティッシュを取ると口元を軽く拭ってくれる。 「いま何時……?」  彼は握っていた手を離して、腕時計に視線を落とす。 「十時十五分、もう朝だよ。……先生呼んでくるね」  バタンと音を立てて扉が閉まり、彼は部屋を出ていった。一晩中、椅子に座って手を握ってくれていたのだろうか。  どんな気持ちで俺の傍にいたのだろう。彼の気持ちがわからない。  診察を受けた後は、点滴なども外されて昼過ぎには退院となった。先生の話によると症状は大したことなかったらしい。そんなに大きくはない個人医院で、先生と正和さんが仲良いということも知った。  学校には既に休みの連絡を入れてくれていたので、家に帰ってベッドでゴロゴロ過ごす。 (……あれ? 性奴隷ってことは正和さんが他に恋人を作ることも……?)  ふとそんなことを思って首を振る。いや、彼がそんな人ではないのはわかってる。わかってるけど、こんな苦しい思いまでして、彼が離れていってしまったら……と思ったら胸がざわざわして落ち着かない。  もそもそとベッドを抜け出して自分の部屋を後にし、彼の部屋の前でうろうろしていたら扉が開く。 「どうしたの?」 「あ、あの……お願いが、あって……。今、大丈夫ですか?」 「ちょうど終わったとこ。どうぞ」  そう言って俺を部屋へ招き入れると、扉を閉めてソファに座る。 「お願いって?」 「えと、あの……」 「うん?」  口籠ってなかなか話そうとしない俺を促すように、首を傾げる。そんな彼につられるように下を向いて、ぽつりと言葉を落とした。 「……もう、性奴隷は、やだ……。恋人に、戻りたい、です」

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!