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第348話
* * *
「っ!!」
ドッ、ドッ、ドッ、と激しく脈打つ心臓の音に、目をパチリと開けて、荒い呼吸を繰り返す。喉をごくりと鳴らして、大きく深呼吸すれば、ぶわっと吹き出していた冷や汗も治まった。
「純……!」
(ここはどこ……?)
心配そうにしていた彼が俺の手をぎゅっと握ったまま立ち上がり、そっと俺の額を撫でる。白い天井に、いつもより寝心地の悪いベッド、小さめのソファーと棚付のデスクの上には小さなテレビ。腕には点滴が繋がれていて、病院の個室だろうという事が推測できた。
「あ、動かないで」
「……トイレ行きたい。おしっこ出そう」
「ん? 導尿してあるよ」
「え……」
それでもトイレに行きたい感じがするのは、尿道に管が刺さっているからなのだろうか。どれくらい意識を失っていたのだろう。
「うっ――」
「っ、吐く?」
彼はバケツのようなものを俺の前に持ってくると、背中を優しくさすってくれた。そのまま軽く戻すと、何やら口から黒い液体が出てきてぎょっとする。
「なに……これ……」
「炭だよ。胃洗浄したからね」
「胃洗、浄?」
「……うん。中毒おこしてたから」
「そっか……」
気まずい空気になるが、彼はティッシュを取ると口元を軽く拭ってくれる。
「いま何時……?」
彼は握っていた手を離して、腕時計に視線を落とす。
「十時十五分、もう朝だよ。……先生呼んでくるね」
バタンと音を立てて扉が閉まり、彼は部屋を出ていった。一晩中、椅子に座って手を握ってくれていたのだろうか。
どんな気持ちで俺の傍にいたのだろう。彼の気持ちがわからない。
診察を受けた後は、点滴なども外されて昼過ぎには退院となった。先生の話によると症状は大したことなかったらしい。そんなに大きくはない個人医院で、先生と正和さんが仲良いということも知った。
学校には既に休みの連絡を入れてくれていたので、家に帰ってベッドでゴロゴロ過ごす。
(……あれ? 性奴隷ってことは正和さんが他に恋人を作ることも……?)
ふとそんなことを思って首を振る。いや、彼がそんな人ではないのはわかってる。わかってるけど、こんな苦しい思いまでして、彼が離れていってしまったら……と思ったら胸がざわざわして落ち着かない。
もそもそとベッドを抜け出して自分の部屋を後にし、彼の部屋の前でうろうろしていたら扉が開く。
「どうしたの?」
「あ、あの……お願いが、あって……。今、大丈夫ですか?」
「ちょうど終わったとこ。どうぞ」
そう言って俺を部屋へ招き入れると、扉を閉めてソファに座る。
「お願いって?」
「えと、あの……」
「うん?」
口籠ってなかなか話そうとしない俺を促すように、首を傾げる。そんな彼につられるように下を向いて、ぽつりと言葉を落とした。
「……もう、性奴隷は、やだ……。恋人に、戻りたい、です」
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