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第354話
「寒くない?」
「うん、俺は大丈夫」
鞄を後部座席に置いてシートベルトを締めると、車がゆっくり動き出した。だが、向かっている方向は目的地と真逆で、彼に控えめに指摘する。
「こっちの道じゃ……」
「うん、わかってるよ。純の言ってた店、本店が向こうにあるんだって。そっちの方が品揃えも多そうだし、ショッピングセンターの中にあるからいろいろ見れるかなって」
「わざわざ調べてくれたんだ」
「当然。純とのデートなんだから。……夜は何食べたい?」
そんな風に彼と他愛ない会話をしていたら、あっという間に店に着く。空いている駐車場を探すが、混み合う時間帯のせいか、入口からだいぶ離れた場所に車を停めることになった。
「へえ、思ったより大きいね」
彼は建物を見ながらそう言って、車を降りて先に歩いていってしまう。慌てて彼の後を追いかければ、「ごめんね」と苦笑しながら、俺の手をキュッと握った。
バレンタインデーが近いせいか、店内はそれに関連した飾り付けで、心なしか女性客が多い気がする。俺も彼に何かプレゼントするべきか考えるが、そもそも男同士でそういうイベントをやるのかもわからない。
「あ、この色がいいな」
「紺色?」
「うん。この色なら普段使いできるし、純も学校につけていけるでしょ?」
目的の店で、ブレスレットの材料を選んで、かごにいれていく。こういう物にはあまり興味がなさそうなのに、細々としたパーツを楽しそうに見ていて、なんだか少し嬉しくなった。
「あ……」
(毛糸も買ってこう)
目に留まった毛糸売り場に行って、良さそうなものを探す。バレンタインデーのプレゼントとして、彼のコートにも似合うマフラーを作ろうと思い立ったのだ。
(この長さなら六玉あれば足りるかな……?)
暖かそうで質の良いものを選んだら、かなり高くなってしまうが、彼に粗末なものは渡せない。
「それも買うの?」
「うん」
「じゃあ入れて」
そう言って、カゴを差し出してくるが、俺は首を振って両手で抱える。
「自分で買うからいいよ」
「なんで? 払うよ」
「ううん、大丈夫」
不思議そうな顔をする正和さんの後ろに並んで、彼が会計を済ませた後、俺も支払いを済ませた。しかし、軽く二万円を超えてしまって、彼の眉がピクリと上がる。
「そのお金どうしたの?」
「正和さんと会う前に貯めてたバイト代。一回、渡したけど……」
今の家に引っ越したばかりの時、彼に渡そうとしたら返されてしまった二十二万円。もとは借金返済の為に貯めていたものだが、今はお小遣いとして貯金しておいたのだ。
「ああ、そっか。でもその毛糸、何に使うの?」
「……内緒」
「へえ」
「っ……完成したら、見せるから……」
彼の機嫌が少し悪くなったのを察して、震える声でそう言った後、正直に話すべきか考えて俯けば、頭をぽんぽんと撫でられる。どうやら怒ってはいないらしい。
「ごめんね。……他に見たい物は?」
そのまま手を繋がれて、さり気なく俺の荷物まで持ってくれた。なんだか彼がいつもよりも優しくて調子が狂う。
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