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第358話

 ここ数日間は学校が終わった後、正和さんが仕事をしている間に、こつこつとマフラーを編み進めている。八割程編めたので、今晩までには完成するだろう。  今日は学校がお休みなので、午前中は二人でゆっくり過ごした。土曜日でバレンタインデーということもあり、テレビはどこの番組もその話ばかりで、街中はどうやら賑わっているらしい。  正和さんは、面接するとかで早めに家を出るらしく、昼食が終わってすぐに身支度を始めた。出かける彼を見送る為に、いつものように玄関まで歩きながら話す。 「夕飯はどうするの?」 「家に帰ってから食べるよ。今日は早めに帰るね」 「うん。だいたい何時になりそう……?」 「んー、七時かなぁ……遅くても八時までには帰るから、待ってて」 「わかった」  ちゅっと額にキスを落とされて目を閉じれば、グレープフルーツのような爽やかな香りがふわっと漂って思わず顔を顰める。 (え……いつもと違う匂い) 「行ってきます」 「いって、らっしゃい」 (香水変えたのかな? なんで急に?)  彼を見送った後、ドキドキする胸を押さえながら部屋に戻って、編みかけのマフラーの前で椅子に座る。  いや、まあ、気分で変えたのかもしれないし、気にすることでもないかもしれない。しかし、疑っているわけではないが、いつもより随分早く出て行ったことも相まって、気になってしまう。平日は会社へ行くために朝早く出ることはあっても、今日みたいに夜の店へ行く時はだいたい五時か六時頃で夕飯を食べた後だ。 (でも……早く帰ってくるって言ってたし)  普段より早く出て行きはしたが、いつもは日付が変わってから帰ってくることも多いのに、今日はその分早い。やはり気にすることでもないかもしれない。  正和さんが仕事に行っている間に、マフラーを完成させて、簡単な生チョコと夕飯も作った。彼が帰ってくるまでにチョコが固まるかどうかは微妙だが、もしダメだったら明日食べれば良いだろう。思っていた以上に時間がかかってしまったので、あっという間に七時過ぎだ。本当はチョコケーキを作ろうとも思ったが、こういうものを作るのは初めてなので、簡単そうな物にしておいて正解だった。  調理器具の片付けが終わったところで、玄関扉のロックが解除される音が響いて、正和さんのいる方へスリッパをパタパタ鳴らして歩く。エプロンを外して、チラッと時計に目をやると七時半を示していた。 「ただいま」 「おかえりなさい。ご飯できてるよ」 「ありがとう。お風呂入ってから食べるからちょっと待ってて」 「……うん」  出かける前の香水の匂いはもうしない。その代わりに、石鹸のような清潔な香りを彼が纏っていて胸騒ぎがする。

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