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第366話
「何ナンパされて普通に会話してんの?」
「断りきれなくて……」
彼は大きなため息をついて、呆れた顔で紅茶にミルクを入れる。
「ごめんなさい」
「……彼氏と来てるからって断れば済む話でしょ」
「でも……っ」
「何? 恥ずかしい?」
「ち、違っ……そうじゃ、なくて」
正和さんの機嫌が悪くなり始めて、背筋が冷える。せっかくいい雰囲気だったのに、またギクシャクしてしまうのは嫌だ。じわりと涙が浮かんで、それを零さないように唇をぎゅっと噛む。
「ごめん、なさい……次からは、そうします」
「うん。……冷めちゃうよ」
俯いてしまった俺の頭をぽんぽんと優しく撫でて、ストロベリーラテをお盆からとって、目の前に置いてくれる。それをそっと引き寄せて、カップに唇をつけたら、何を思いついたのか正和さんが手の平をこちらに向けて、手を伸ばしてきた。
「スマホ貸して」
「え、なんで」
「いいから」
ポケットから取り出して、渋々それを渡せば、彼はカメラを起動して腕を伸ばす。
「ほらこっち向いて」
パシャリとシャッター音が響いて、バッチリキメ顔の正和さんと、きょとんとした顔でカップを持つ俺が写し出される。彼は満足そうに微笑むとスマホを俺に返してくれた。
「あ、消しちゃだめだからね」
「えー……」
「これからはたくさん写真撮って、思い出に残そうよ」
そう言われてしまうと、消せなくなってしまう。
(思い出……まあ、誰かに見せるわけじゃないし)
正和さんとの写真は少ないから良いかもしれない。
スマホをテーブルに置いて、おしぼりで手を拭いた後、ロールケーキに手をつける。フォークを刺した時の感触がふわっふわで、これだけでも美味しそうなのがわかって、笑みがこぼれた。
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