366 / 494

第366話

「何ナンパされて普通に会話してんの?」 「断りきれなくて……」  彼は大きなため息をついて、呆れた顔で紅茶にミルクを入れる。 「ごめんなさい」 「……彼氏と来てるからって断れば済む話でしょ」 「でも……っ」 「何? 恥ずかしい?」 「ち、違っ……そうじゃ、なくて」  正和さんの機嫌が悪くなり始めて、背筋が冷える。せっかくいい雰囲気だったのに、またギクシャクしてしまうのは嫌だ。じわりと涙が浮かんで、それを零さないように唇をぎゅっと噛む。 「ごめん、なさい……次からは、そうします」 「うん。……冷めちゃうよ」  俯いてしまった俺の頭をぽんぽんと優しく撫でて、ストロベリーラテをお盆からとって、目の前に置いてくれる。それをそっと引き寄せて、カップに唇をつけたら、何を思いついたのか正和さんが手の平をこちらに向けて、手を伸ばしてきた。 「スマホ貸して」 「え、なんで」 「いいから」  ポケットから取り出して、渋々それを渡せば、彼はカメラを起動して腕を伸ばす。 「ほらこっち向いて」  パシャリとシャッター音が響いて、バッチリキメ顔の正和さんと、きょとんとした顔でカップを持つ俺が写し出される。彼は満足そうに微笑むとスマホを俺に返してくれた。 「あ、消しちゃだめだからね」 「えー……」 「これからはたくさん写真撮って、思い出に残そうよ」  そう言われてしまうと、消せなくなってしまう。 (思い出……まあ、誰かに見せるわけじゃないし)  正和さんとの写真は少ないから良いかもしれない。  スマホをテーブルに置いて、おしぼりで手を拭いた後、ロールケーキに手をつける。フォークを刺した時の感触がふわっふわで、これだけでも美味しそうなのがわかって、笑みがこぼれた。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!