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第368話
「何やってんの」
呆れた様子でそう言われて、慌てて拭こうと思ったら、正和さんが俺の手をクイッと引っ張って小指をペロリと舐める。スーッと細めた厭らしい目で見上げられれば、舐められた所から熱がじわじわと広がって全身が火照った。
「な、な、なにして……っ」
他のお客さんもいるというのに、平気でこういうことをする彼に、心臓がドキドキ高鳴って落ち着かない。
「んー、美味しかったね」
彼はなんてことないのか、紅茶を飲んで俺の方をちらりと見た。
「食べないの?」
「っ……食べるよ」
おしぼりを置いて、ドキドキして震える手でフォークを掴む。だが、俺が掴むより前に、彼にひょいっと取られてしまって眉根を寄せる。こういう悪戯は好きじゃない。返してもらおうと手を伸ばせば、彼はフォークでロールケーキを刺して、俺の口元に運んだ。
「はい、あーん」
「っ……」
(だから、なんでこういう恥ずかしいことを……!)
「純?」
正和さんは不思議そうに首を傾げて俺の名を呼ぶ。どうやらふざけているわけではないらしい。これ以上目立つのは嫌で、急いでパクッと食べれば、彼は嬉しそうに笑った。
俺は恥ずかしさに耐えられなくなって、手の甲で口元を抑えながら俯く。
「ふふ、たしかにいいね、こういうのも」
「何が?」
「なんでもないよ」
いつもより優しくて、恋人らしいことをたくさんしてくれる彼は、いつもより機嫌もいい。だが、どこか無理をしているように見えるのは、気のせいではないかもしれない。ニコニコ楽しそうに笑っているが、ずっと心ここにあらずだ。
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