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第382話
HRが終わって帰宅すると、正和さんは既に帰っていて、夕飯の下拵えをしていたので、俺は自分の部屋に行って私服に着替える。
明日はマラソン大会だ。授業はないけど、課題はいつも通り出ているので、素早く終わらせてしまおう、と椅子に座って問題集を開くと、ピロリン、とチャットの受信を知らせる通知音が響いた。ドキドキしながら急いで確認すると、やはり拓人から写真が送られてきていた。
(っ……ほんとに正和さんだ。……てかこの子、正和さんが好きだって言ってた俳優に似てる……)
一昨日の昼頃ということは、ちょうど彼が仕事に出ていた頃だろう。土曜日なのに朝から出て行って、他人の匂いが移って帰ってきた日だ。
(仕事だって言ったのに)
「……嘘つき」
悲しくて、悔しくて、腹立たしくて、その写真をしばらく眺める。だけど、ショックが大きいのと『やっぱりな』と変に納得してしまって、昨日まであんなに泣いていたのに、不思議と涙は出なかった。
夕食の時間になって彼に呼ばれるが食欲は微塵も湧いてこなくて。それどころか吐き気さえして、夕飯は全く食べれなかった。
「純、朝も食べないで行っちゃったし、お弁当も残してたよね。おかゆにする?」
「ううん、食欲ないからおかゆもいらない」
「そう? でも何か食べないと」
「……気持ち悪いからもう寝る」
席を立つと、彼も食器を片付け始めた。
「……わかった。じゃあ、食べられそうになったら言ってね」
歯磨きをして正和さんの部屋に行くと、ベッドが新しくなっていることに気づく。この間、二人で選んだものが、今日設置されたのだろう。掛け布団も新しいものになっていた。
掛け布団を捲ってそろそろと中に入ると、新品の匂いがして思わず顔を顰める。
いじわるで優しい正和さんの匂いはもうしなくて、何故だか凄く悲しくなった。最近は正和さんからも彼の匂いはしないし、仲が良かった頃の匂いは完全に消えてしまった。
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