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第392話
「純」
どこから話したらいいか悩んだけれど、彼に優しく名を呼ばれて「前も少し話したけど……」と切り出した。
「お母さんは俺のこと凄い嫌ってて……別に暴力振るわれたりとか、そういうのはなかったけど、話しかけても無視されたり、兄ちゃんばっかり……贔屓、したり」
「……うん。ここに来たばかりの頃、言ってたよね」
彼は優しく相槌を打ちながら、俺の話を真剣に聞いてくれる。そんな彼に絆されて静かに話を続けた。
「小さい頃はそれが酷くて、お父さんに泣きついたこともあったけど……いつも凄く迷惑そうで、冷たい態度で拒絶されて……っ、お母さんがいない時は、お父さんも兄ちゃんも遊んでくれたり優しくしてくれた、けど」
思い出したら涙がこみ上げてきて、言葉を詰まらせる。ひっく、ひっく、と肩を震わせながらむせび泣けば、彼は俺が落ち着くまで、手を握ったまま静かに待っていてくれた。
「っ、それで、この前病院で寝てた時、夢で思い出したんだ。お母さんは本当のお母さんじゃなくて、本当のお母さんは俺が二歳か三歳の時に、病気で死んじゃって……っ」
ずいぶん昔のことを思い出しながら、嗚咽混じりの途切れ途切れの声で話を続けるが、悲しくて、悲しくて、唸るような声を上げて泣きじゃくる。息継ぎさえままならなくて、なかなか話すことができないけれど。それでも彼は、いつもと違って俺が話すまで、急かすことなく待っててくれた。
「たまにしか会えなかったお父さんと一緒に暮らすことになったけど……今考えれば、俺のほんとのお母さんは、お父さんの愛人だったんだ。だから俺、ずっと嫌われてて……結局捨てられた、から」
あの日、学校から帰ったら家には誰もいなくなっていて、俺は一人ぼっちになった。取り立てのおじさんたちが来たときは、なんのことか全くわからなかったけれど、俺は借金を押し付けられて捨てられたのだ。
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