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「他の子も見て行かれますか?」
「……ああ、そうするよ」
そう言って部屋を出ていったマスター達は、隣の部屋に行ってしまった。
「……っ」
期待はそんなにしていなかったけど、いつもより優しそうな感じの人だったから、ソラはショックだった。「またですか」なんて意地悪な言葉を残していったものだから余計に。
マスターは昔からソラに対してだけ、とても厳しい。それも全部、自分が出来損ないだからなのかもしれないが、もう少し他の子みたいに優しくしてくれれば良いのに、と思ってしまう。
けれど、他の子は十二、三才で新しい主人の所へ行くのに、ソラはもう十六だ。それもあって、マスターに愛想を尽かされたのかもしれない。
隣の部屋から楽しそうな声が聞こえてきて、ソラは思わず唇をぎゅっと噛む。僕もあんな風に会話ができれば。そうは思っても、普段話なんてあまりしないから、なんて話しかければいいかも分からなかった。
じわじわと溜まる涙を拭って、現実から逃れるように体を丸めて眠りにつく。ひんやりとした床は自分の気持ちを落ち着けてくれるような気がした。
* * *
安心するような温かさに目が覚める。そこは、いつもいる部屋ではなく、とても明るい部屋だった。ソラの首輪には鎖もつけられていない。
そして、先ほど会った一条という男の膝の上で抱きしめられていて、少し不安になった。
「……マスター?」
辺りをキョロキョロ見渡し、マスターの姿を探して後ろを振り返る。すると、すぐ近くの机で作業していたマスターが顔を上げた。
「やっと起きましたか」
マスターはペンを置くと、机の向こうから少し身を乗り出してソラの頭を撫でた。そして、引き出しからペラッと一枚の紙を取り出し、それを机の上に置く。
「ソラ、新しいマスターですよ」
「え……?」
(どーゆう、こと……?)
「そんなわけ──」
「俺じゃ嫌?」
彼はそう言って顔を覗き込んでくるが、意味が分からなかった。
(嘘だ、そんなの……だって、さっき隣の子と楽しそうに……)
これはまだ夢なのだろうか。
「……っ」
「えっ、そんなに嫌? ……ちょっとショックなんだけど」
彼は突然泣き出したソラに困惑しているけれど、今まで散々選ばれなかったのに、こんな優しそうな人に選ばれるのは信じられなかった。
「どーせ嘘に……僕なんか選ぶわけ……っ」
思ったことを口にすればマスターが咎めるようにソラの名を呼んだ。
「ソラ。そういうこと言ったらだめだって言ってるでしょう?」
「でも」
「でもじゃない」
「っ……」
納得がいかないけれど、マスターに逆らうことはできないので口を噤む。
「安心していいよ。幸せにしてやるから」
そう言って、彼はマスターが置いた紙を見ながら、ペンを握る。その紙にはたくさんの文字が書いてあるけれど、ソラには「ひらがな」と呼ばれる文字しか読めないので、何が書いてあるのかは分からない。
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