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「だ、だって、零夜に触られると、そこが熱くなって……心臓がドクン、ドクン、ってして、変な気持ちになるんだもん……」  感じていたことをその通りに言うと、マスターと零夜は笑い出した。零夜はさっきよりも強く抱きしめてきて、ジッと見つめてくるものだから、心臓がトクンと大きく跳ねる。 「変な気持ちって?」 「えっと……あだるとなびでお見せられた時みたいな……変な、気持ち」  言い終わると、顔がぽぽぽっと熱くなるのが分かった。 「マスター、この子にAVなんて見せたの?」 「ええ。だって気になるじゃないですか。そっちの反応」 「まぁ、気になるけど」  零夜はそう言ってソラの方を向くと、楽しそうにニヤニヤ笑う。 「それ病気じゃないと思うな」  マスターも間に入って言ってくる。 「恋でしょう。一目惚れしましたか」 「こい……?」 「ちょうどいい。この前漫画をもらって処分しようと思っていたんです。これでも見て勉強しなさい」  そう言って、十冊くらいの本が入った袋を渡してくる。本を開くと中にはたくさんの絵が描いてあった。 「でもこれ……カンジも書いてある……」 「ほう。漢字が書いてあるから読めないとでも?」  冷めた視線で見下ろされて、ソラは思わずぷるぷると身震いする。 「だって……!」 「読めないなら勉強すればいいでしょう? もし読めないと言うなら、そうですね……」  何かを考えている様子で言葉を区切るマスター。絶対恐ろしいことを言おうとしてるに違いない。 「ホラー映画の上映会でもしましょうか」 「やっ! やだ!」  ソラは零夜を盾にマスターから隠れるけれど、零夜は足元にいるソラを振り返って楽しそうに笑う。 「かわいい、ホラー苦手なんだ?」  その問いにソラはコクコクと頷く。 「じゃあ、文字は一緒に勉強しよっか。映画は今度見に行こうな。……あ、名前」  さらりととんでもないことを言う零夜に怖くなって、瞳いっぱいに涙をためながら行きたくないと訴えた。だけど、そんなソラの訴えは軽く受け流して、最後に呟くように言った彼の言葉が引っかかって聞き返す。 「名前……?」 「そう、君の名前」 「……ソラ」  知ってるはずなのに、と不思議に思いながら自分の名前を答えれば、彼は違う違うと手を胸の前で振り「それは仮の名前でしょ」と言って考え込んだ。 「真理」 (まり?) 「君の名前は今日から真理だよ」  優しく微笑んで頭を撫でてくる零夜は、どうやら撫でるのが好きらしい。ソラ──もとい、真理も撫でられるのは好きだから、零夜の手にすり寄って目蓋を伏せる。胸が温かくなって凄く心地いいのだ。  けれど、新しい名前には素直に喜べなかった。名前を与えられて嬉しくないわけじゃない。しかし、十六年間ずっと呼ばれてきた名前を捨てるのに少し抵抗がある。  そんな真理の心情を知ってか知らずかマスターは言った。 「一条様に迷惑をかけるんじゃないですよ、ソラ」 「……はい」 「おいで。早くしないと朝になっちゃう」  彼はそう言って再び真理を抱き上げると、部屋の外へ向かって歩き出す。 「ありがとうございました」  お辞儀したマスターと目が合うと、彼はいつものようにニヤリと口角を上げる。ぞくり、と身震いして視線を逸らせば、鎖で繋がれた少年達の羨望の眼差しを浴びながら、扉はゆっくりと閉まっていった。

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