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第68話
「お、お邪魔してます…、七瀬先輩の後輩の鈴原と言います。はじめまして…」
で、ご紹介願えますか?とあきくんのお母さんの声が聞こえて。
ソファーと壁の隙間に蹲ってた俺は、あきくんの手に寄って引っ張りだされて…
あきくんは「大丈夫だよ」って優しく微笑んで、頭を撫でてくれたけど。
それでも欠片も安心できないまま、俺はビクビクしながら自己紹介して、頭を下げた。
うちは何でか大丈夫だったけど、でも…
あきくんの家も平気だなんて楽観視、流石にしてない。
あきくんは男で、俺も男で……
さっき、あきくんの膝に正面から跨ってキスしてたトコ、見えてはなかったと思うけど、きっと聞こえてはいた。
俺が不埒なことを強請ってたこと。
我儘言って、あきくんを振り回してたこと。
あんなの、俺達が付き合ってること知らない人が聞いたら、きっと俺がムリヤリ襲ってるんだって感じると思う。
ムリヤリじゃないことが分かったとしても、自分達の大切な格好良い息子がドコの馬の骨ともしれない後輩に誑かされて、騙されて…って。
だって、俺は元々同性が好きな男だけど、あきくんもそうだなんて話聞いたことがない。
堂上先輩も平茅先輩も、俺に片想いしてた頃の話は聞かせてくれたけど、あきくんの恋愛対象が男なのか女なのかは教えてくれなかった。陽成さんだって。
きっとあきくんは、俺さえ居なければ普通に女が好きな人だったんだろう。
あきくんをひと目見たなら皆が思う。
きっとこの人は将来、女優みたいな美女と結婚して、珠のように可愛い子供を授かって、綺麗な家族みんなでずっとしあわせに生きていくんだろうって。
その未来予想図に俺の存在は皆無で。
だけど俺の未来には、あきくんの存在は必要不可欠で……
さっきまでとは正反対。
心拍が落ち着かないのはおんなじだけど、心臓が…つめたく、つめたく、キューッと縮こまっていく。
足場が崩れて、どこまでもどこまでも落ちて行くようで…
体から熱が抜けて、感覚がわからなくなって…
多分、はじめて会う四つの目は俺を見つめていると思うのに、見返せなくて。
ぎゅっと袖口を握って、象牙色のフローリングを見つめる。
目を瞑れば世界は黒く染まり、覚束ない体はぐらついて……
「──十碧。大丈夫」
ぎゅっと、温かいものに包み込まれた。
ポン──ポン──、って背中を優しく叩かれる。
「大丈夫だから、息してごらん」
吸って、吐いて。
そう言われて、はじめて苦しかった理由のひとつに気付く──自分が無意識に息を詰めていたことを知った。
はっ…と息を吐き出せば、凍えていた心に、
熱が、戻ってくる。
「父さん、母さん、聞いて下さい。僕は鈴原十碧君と付き合っています」
「っ、…あきくん…」
堂々たる宣言に震えたままの視線を上げると、ふわりと目が細められた。
「僕がずっと片想いしてた相手で、先月告白して、約束していた今日、快い返事が貰えました」
あきくんのお父さんとお母さんの、反応はわからない。
身じろぎひとつする音が聞こえてこないから。
きっと、ただ静かに口も開かず、息子の言葉を聞いているんだろう。
一体、どんな顔をして……?
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